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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000179048
提供館
(Library)
安城市図書情報館 (2310061)管理番号
(Control number)
981
事例作成日
(Creation date)
2015年08月01日登録日時
(Registration date)
2015年08月27日 12時00分更新日時
(Last update)
2015年09月18日 18時23分
質問
(Question)
戦前に明治用水と鹿乗川の合流した辺りにあった弘法について調べている。現在の藤井町にあった弘法で“藤井弘法”と呼ばれていた。
その弘法のあった寺について知りたい。
回答
(Answer)
・いくつかの資料、施設に問い合わせて確認をしましたが、
 藤井弘法のお寺に関する資料は見つけることができなかった。

・藤井弘法に関しての資料は『米津校100年』、『桜井村史』の中に、触れられていますが、それ以上の資料に当たることはできなかった。
 『桜井村史』の密教のところをご案内⇒寺として存在しなかったのではないかと推測する旨お伝え。

・藤井弘法は、三河地震でなくなってしまったことをお伝えすると、その点は見落としていたという事で参考になりますとの事だった。

・『米津校100年』に、”通称三河の三弘法”と書かれていたことについて、
 利用者の方は、資料をもとに書かれたものではなく、地元の人の話をもとに書かれたものではないかなと言われていた。
 言い伝えなどなのか?今後これらをもとに、また調査を続けられるとのこと。

 ※以下の資料を参考にしました。
 『桜井村史』⇒p.579、586、593 『新編安城市史 7(資料編 近代).』⇒付録の地図 『西尾市史 5 (現代).』⇒p.918~
 『西尾市社寺文化財報告書 建造物 4.』『愛知県碧海郡誌 復刻版』⇒p.661

 ※内容を確認しましたが、参考になる記載はありませんでした。
 『 西尾町史 下巻.』『参河志 下巻 改正版.』
回答プロセス
(Answering process)
1.場所を地図で確認する。→現在の米津弘法(宝水寺)辺りではないかと思われる。(『新編安城市史 7(資料編 近代). 』付図の地図より)

2.レファレンスインタビューより
 ①米津弘法ではなく、昔“米津三弘法”といわれた弘法のひとつである。
 ②“米津三弘法”はどこで知りましたか?→『米津校の100年』(昭和60年出版)〈当館所蔵なし。歴史博物館所蔵有り〉に、
  米津三弘法という一文があり。藤井弘法につ いて触れていたとの事。
 ③以前、藤井町にあった弘法の話を祖父母、近所の方から聞き、その弘法のあった寺に興味を持った。『桜井村史』は閲覧済み。 

3.『米津校の100年』は西尾市の小学校である為、所蔵している西尾市立図書館に問い合わせをする。
 『米津校の100年』記載内容
  ・“宝水寺の東方の藤井弘法”“通称米津の三弘法”の一文あり。
  ・三河地震(昭和20年1月13日)→藤井弘法は倒壊する。
  ・廃寺になる前は知立の弘法と同じくらい縁日ではとてもにぎわっていた。野寺道・桑畑辺りではないか?

4.西尾市文化振興課に問い合わせをする。
 ・米津三弘法は聞いたことがない。宝水寺の東方であるならば藤井町にあったことは確かではないか。
 ・現存しない寺⇒廃寺の資料にあたるとのこと。
  『明治村史 上巻』← 記載無し。
 後日、歴史博物館より藤井村は『明治村史』ではなく『桜井村史』をみるのが良いと教えて頂く。
 上記まで調べて頂いたが、”三弘法”、”藤井弘法”に関する資料は見当たらないとの回答を受ける。

5.『桜井村史』
 ・資料に乗っている現存する藤井町の寺は下記の2つ。
  藤井町の寺・・・安生寺
  寺領町の寺・・・松韻寺
 p585に弘法大師について記載有り。真言密教、説教所の建設について記載有り。
 ・弘法、真言宗であることがわかり、
  桜井、藤井町には真言宗のお寺が存在しないため、寺として存在していたかどうかも定かではない。

 『西尾市 皆調査報告4』社寺文化財(建造物Ⅱ)報告書(A23/87)⇒弘法のあるお寺は真言宗ということより西尾市の資料にあたる。
 ・西尾市の真言宗のお寺は以下の3つ。
  ①地蔵寺
  ②勝山寺
  ③宝水寺
 ・勝山寺と宝水寺の2つのお寺が三弘法の内の2つと分かる。(西尾図書館職員より)
 ・地蔵寺は宝水寺の東側ではなく西尾市の中心部(和泉町)にあるため、このお寺が、藤井弘法であった可能性は薄い。
 ・現存しない寺という事より、廃寺となった寺を探すが、藤井町辺りではない。(昭和20年頃に廃寺となった寺はない)
 『明治村史 エ巻』(AA23/39/1) p355~寺院、 p454~廃寺。

6.安城市歴史博物館に問合せ
 (回答)
 ・三弘法について聞いたことは無い。弘法は真言宗である。
  桜井町には真言宗の寺はない。(浄土・東本願寺)
・藤井町に弘法があったということを聞いたことは無い。
 ・『桜井村史』に記載がなければ他の資料は思い当たらない。(藤井町は桜井であるとのこと)
 ・『桜井村史』に記載のある説教所について確認する⇒藤井弘法が明治時代~昭和初期にかけて作られたものであるならば、明治時代以降にできた寺は  流行りのようなものがあり、昭和初期になくなってしまう寺がいくつかあった。短期間に出来てなくなってしまう寺が多くあったとの事。
7.三弘法のひとつ「勝山寺」に電話で確認する。
 住職に確認をとりましたが、藤井弘法について聞いたことがない。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
新編安城市史 7(資料編 近代).安城市史編集委員会 編 , 安城市. 安城市, 2006.(AA23/34/7)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008301529-00
桜井村史.桜井村 (愛知県). 桜井村, 1943.(AA23/41)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000666523-00
西尾市史 5 (現代). 西尾市史編纂委員会 編 , 西尾市. 西尾市, 1980.(A23/87)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001463617-00
西尾市社寺文化財報告書 建造物 4. 西尾市教育委員会. 西尾市教育委員会, 2002. (西尾市悉皆調査報告 ; 7) (A23/87)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003650297-00
愛知県碧海郡誌 復刻版.碧海郡教育會 [著] , 碧海郡教育会. 千秋社, 2000.(A23/4)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002893207-00 , ISBN 488477261X
西尾町史 下巻. 尾崎, 正 , 青山, 善太郎 , 尾崎正, 青山善太郎 編.西尾町, 1934.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001732084-00
参河志 下巻 改正版.渡辺政香/輯録. 愛知県幡豆郡教員協会内参河志再版刊行会, 1934.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I026099422-00
キーワード
(Keywords)
一般書
弘法
三弘法
藤井弘法
A
郷土
桜井
藤井町
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介 事実調査 所蔵調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000179048解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決