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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000171383
提供館
(Library)
尼崎市立地域研究史料館 (5000006)管理番号
(Control number)
077
事例作成日
(Creation date)
登録日時
(Registration date)
2015年04月22日 17時51分更新日時
(Last update)
2015年06月25日 11時06分
質問
(Question)
尼崎市域で「残念さん」「残念様」と呼ばれるようになった山本文之助鑑光の「鑑光」は何と読むか?
回答
(Answer)
元治元年(1864)7月19日京都での勢力挽回をねらった長州藩は、三家老が兵を率いて上京しましたが、薩摩・桑名・会津など諸藩兵との戦いにわずか1日で敗れました。(禁門の変/蛤御門の変)戦いに参加した長州藩兵の多くは西国街道を敗走し、西宮、打出、兵庫へと逃れ、海路で長州へと引き揚げましたが、なかには大坂定番、尼崎・津山・高松諸藩の兵に捕らえられたり、追い詰められ自害した者もありました。
そうした長州藩兵の1人に「山本文之助鑑光」がいました。「鑑光」は「かねみつ」と読みます。
山本文之助は、尼崎大物の北ノ口御門で捕縛されましたが、黙秘を続け、留置された会所の便所で自殺したと伝えられます。その後文之助の墓が尼崎城下の東墓(杭瀬)に建てられました。
文之助は、自殺の際に、「わずか4万石ほどの大名に捕まったのは残念で口惜しい。もし口惜しいことがあれば一つだけ願いを叶えてやろう」と書き置きしたと言われ、事実どんな病気でも「口惜しい」と願えば治るという風聞がたちました。これを聞いて、大坂からおびただしい数の人々が参詣するようになりました。
このようななか、文之助はいつの頃からか「残念様」と呼ばれるようになりました。人々の参詣がやまなかったため、元治2年5月17日、大坂町奉行所が参詣を一切禁止したと町人の日誌に記されています。
なお、大正後期ごろには、「禁門の変で敗れた長州藩士山本文之助は、尼崎大物橋の南詰で尼崎藩の見張役人に捕らえられ、「残念、残念」を連呼しつつ自殺した」と伝えられていたことがわかります。
いまも「残念さん」の墓に参ると、歯痛が治ると伝えられます。また他の病気や、入学試験にもご利益があるとされています。
回答プロセス
(Answering process)
1「山本文之助」について記した主な文献及びWebサイト
◆『尼崎地域史事典』/Web版『尼崎地域史事典』apedia
 「残念さん」の項目
◆『図説尼崎の歴史』上巻/Web版『図説尼崎の歴史』
 近世編第4節4「高まる長州藩人気」執筆者:岩城卓二
◆『尼崎市史』第2巻
 第5章近世の尼崎第8節幕末の動乱と尼崎地方
禁門の変から山本文之助の自殺までの経緯、さらに当時の大坂から参詣する人々について紹介。
『図説尼崎の歴史』では、「鑑光」にふりがなを付し読み方も紹介。

2「残念様(残念さん)」の伝承、「山本文之助鑑光」の墓を紹介
◆「残念さんと油喜」(畠田繁太郎著『尼崎今昔物語』、萬有社、昭和12年)
◆『小田のしるべ』(小田村役場、大正12年)
◆『小田村勢』(小田村役場、昭和7年)
  「名所旧蹟」の項に「残念さんの墓(杭瀬)」として紹介あり
◆羽間美智子著『尼崎の伝説と伝承』
◆尼崎郷土史研究会々報『みちしるべ』33(尼崎の伝説特集号1)(平成18年)
◆『わたしたちのまち 杭瀬のあゆみ ・・・木ノ元を中心とした・・・』(2000年)
 「西光寺、墓地、熊野神社など」の項に「杭瀬の墓地」として「残念さんの墓」とその伝承について紹介している。

3さらに詳しく「山本文之助」「残念さん(残念様)」を調べるには・・・
◆阪本勝・東郷仁宏編著『摂州尼崎にて憤死せる長州勤王の志士 残念さん 山本文之助鑑光 甲子事変七十年紀念』(萬有社、昭和9年)
◆小野寺逸也「“残念さん”考―幕末畿内の一民衆運動をめぐって―」(尼崎市史研究紀要『地域史研究』第2巻第1号、昭和47年)

4「山本文之助」ないし「残念様」に関する一次史料
◆「長州藩山本文之助記録」(『尼崎市史』第6巻)
◆「日加栄(慶応元年前半期日記)」(脇田修・中川すがね編『幕末維新大阪町人記録』、清文堂、平成6年)
◆酒井安太郎「日誌に表はれた「残念さん」の信仰」(『上方』第49号、昭和10年)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216 9版)
伝説.民話[昔話]  (388 9版)
参考資料
(Reference materials)
尼崎市立地域研究史料館 編 , 尼崎市立地域研究史料館. 図説尼崎の歴史 : 尼崎市制九〇周年記念 : 新「尼崎市史」 上巻. 尼崎市, 2007.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008466758-00  (当館請求記号 219/A/ア)
尼崎市. 尼崎市史 第2巻. 尼崎市, 1968.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001271068-00  (当館請求記号 219/A/ア-2)
畠田, 繁太郎, 1869- , 畠田繁太郎 著. 尼崎今昔物語. 万有社, 1937.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001583590-00  (当館請求記号 219/A/ハ)
小田のしるべ 増補改訂. 小田村(兵庫県), 大正13.12(1924.12). (当館請求記号 219/A/オ)
小田村 編. 小田村勢. 小田村, 1936.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024278889-00  (318.6/A/オ-2)
羽間美智子. 尼崎の伝説と伝承. 出版年不明. (当館請求記号 388/A/ハ)
尼崎の伝説特集号. 尼崎郷土史研究会, 平成18年. みちしるべ 尼崎郷土史研究会会報 33 (当館請求記号 219/A)
尼崎:杭瀬冠頭中会. 私たちのまち杭瀬のあゆみ. 発行所:阪神印刷(〔尼崎〕), 2000.1. (当館請求記号 219/A/ク)
阪本勝、東郷仁宏. 摂州尼崎にて憤死せる長藩勤王の志士残念さん山本文之助鑑光 甲子事変七十年紀念. 萬有社, 昭和9.11(1934.11). (当館請求記号 289.5/A/(阪))
小野寺逸也. 残念さん考―幕末畿内の一民衆運動をめぐって―. 尼崎市史編修室, 昭和47.6.1(1972.6.1). 尼崎市史研究紀要 地域史研究 2(1)=通巻4号 p. 47-67 (逐次刊行物)
尼崎市. 尼崎市史 第6巻 (史料編 3 近世・下). 尼崎市, 1977.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001361738-00  (当館請求記号 219/A/ア-6)
脇田修, 中川すがね 編 , 脇田, 修, 1931- , 中川, すがね, 1960-. 幕末維新大阪町人記録. 清文堂出版, 1994. (清文堂史料叢書 ; 第70刊)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002320636-00 , ISBN 4792403995 (当館請求記号 219/6.4S/ワ)
酒井安太郎. 日誌に表はれた「残念さん」の信仰 復刻版. 大阪:新和出版, 1969-1971. (郷土史料) 上方 郷土研究 5=49~60号(昭和10.1~10.12) (当館請求記号 205/6.4S)
尼崎市立地域研究史料館 編 , 尼崎市立地域研究史料館. 尼崎地域史事典. 尼崎市, 1996.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002486437-00  (当館請求記号 219/A/ア)
キーワード
(Keywords)
残念さん
長州藩士
禁門の変
民衆運動
山本文之助
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000171383解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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