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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000169533
提供館
(Library)
大阪府立中之島図書館 (2120002)管理番号
(Control number)
6001007515
事例作成日
(Creation date)
2014/09/13登録日時
(Registration date)
2015年03月20日 00時30分更新日時
(Last update)
2015年03月20日 00時30分
質問
(Question)
大正初期から昭和初期(S.15年程度まで)の大阪中心市街地における①河川別の舟運・水運の状況と②街路別(主要幹線道路のみ)の歩行者交通量の調査しております。
大阪中心市街地は、北は中津、南は阿倍野、東は京橋、西は伝法周辺で囲まれる範囲としています。
上記対象時期における①と②が分かるような史料(書籍、専門雑誌の記事、公文書等、その他)はありますか。
イメージとしては、①ではどの河川で舟運・水運による水面利用が多いのか少ないのかを量的に、②ではどの街路で歩行者交通量が多いのか少ないのかを量的に知りたいと思っている次第です。②については昭和元年から昭和15年までのデータを主に探しています。
回答
(Answer)
(【 】内は、当館の請求記号です。)
まず、①河川交通ですが、
『淀川百年史』 建設省近畿地方建設局編集 建設省近畿地方建設局 1974 【378/663/#】
には「淀川筋各閘門通船年計表」がp800-801に、
『舟運と河川技術 琵琶湖・淀川舟運~近世から現代~』 国土交通省近畿地方整備局河川部 2004.3 【684/24N】
には「毛馬閘門船種別通船」(出典:『淀川百年史』)という表がp65-66に掲載されています。
「淀川筋各閘門通船年計表」は毛馬第一、毛馬第二、六軒屋第一、六軒屋第二、伝法第一、伝法第二、酉島、三栖(京都伏見)の各閘門の明治45年(大正元年)から昭和39年までの通船数と開閉度数が記載されています。
この資料の「毛馬」をみると、淀川から大川またはその逆の総通船量がわかります。ただし、船場や大阪市内の通船量はわかりません。

調査済みの『大阪市内の河川交通』『水の都と都市交通 大阪の20世紀』の2つの資料の出典はいずれも、『大阪港勢一斑』【552/81/#】です。当館ではお探しの年代のうち明治45・大正元年版から昭和14年版まで所蔵しています。

他に文献としては、
「大正・昭和初期大阪市内三河川の内港化」 (第33回[交通史研究会]大会共通論題「流域をめぐる交通史--淀川水系を中心に」特集号) 『交通史研究』 64号 2007.12 p45-64
こちらも当館では所蔵していませんが、大阪市立大学学術情報総合センター等で所蔵しています。

大阪港(そとうみ)以外の船舶に関する統計を掲載しているものとして、
『大阪商業會議所統計年報』 大阪商業會議所 【540.5/127/#】 「大阪市在籍船舶表」「巡航船及淀川汽船乗客貨物運賃表」(乗客人員を記載) 明治45年・大正元年から昭和元年まで所蔵
『大阪府統計書』 大阪府 【535/131/#】 「巡航船乗客及賃銭」「汽船乗客」(八軒家浜を記載)「船舶」(市内各区・郡部の船数・噸数・馬力・石数等を記載) 対象年代すべて所蔵
『大阪市統計書』 大阪市役所 【535/103/#】 「渡船」(渡船人員を記載) 対象年代すべて所蔵
があります。

次に、②歩行者交通量ですが、陸上交通として電車・乗合自動車・地下鉄の調査は見つけることができましたが(例:『昭和大阪市史 第1巻』等)、「わが国におけ歩行者道路の歴史 道路構造基準の変遷からみた考察」 新谷洋二著 『IATSS review :国際交通安全学会誌』 7巻4号 1981.12 【雑/2646/#】 大阪府立中央図書館所蔵 国立国会図書館デジタルコレクション図書館送信参加館公開のp6に、街路構造令(大正8年)の当時は交通量の計量的分析も任意にはじめられたばかりでという記述がある通り、大正・昭和戦前期でかつ歩行者交通量となると調査自体を実施しているようではありません(大阪府公文書館、大阪市公文書館の検索システム「交通量」ではヒットなし)。したがって、個人が調査したり、学術機関等が独自におこなった調査をピックアップすることになります。

『大阪市都市計画参考資料』 大阪市役所市区改正部 〔1919〕 【A518/1207N】
調査済み資料『建築と社会』の元資料です。
また、この際の都市計画説明書『大阪市都市計画説明書 交通運輸之部』 大阪市々区改正部  [1919] 【518.8/810N】も所蔵しています。

おそらく都市計画のために調査をしたと思われますので、次の都市計画関連資料を調査しましたが、数値の掲載を見つけることはできませんでした。
『大阪の都市計画』 田中清志著 日下和楽路屋 1924.7 【718/23/#】
『大阪都市計画並同事業』 大阪市役所土木部 1930.5 【718/45/#】
『第一次大阪都市計画事業誌』 大阪市役所 1944.4 【718/77/#】

また、大阪市公文書館の平成25年度秋の展示では第二次都市計画事業に関する文書を展示していたようです。
http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/somu/0000236485.html
公文書の相談も受け付けていますのでご活用されてはいかがでしょうか。

『大阪府管内国府県道一般交通量調査平均一日換算台数示図 昭和二十三年度施行』 和楽路屋 1948 【685/32N】
が所蔵する最も古い交通量調査と思われますが、調査期日が昭和23年6月14日・15日・16日と10月18日・19日・20日各3日間毎日午前6時から午後8時までという内容で、なおかつ自動車だけでした。

戦前の資料としては、当館の所蔵ではありませんが、大阪府立中央図書館か当館(大阪府立中之島図書館)に来館いただければ閲覧・複写することのできる国立国会図書館デジタルコレクションで次の資料があります。
「大阪市中心部の道路交通量を一瞥する(一)」 靑谷熊壽著 p96~101 『地理教育』28巻1号  地理教育研究会・中興館 1938.4
「大阪市中心部の道路交通量を一瞥する(二)」 靑谷熊壽著 p66~69 『地理教育』 28巻2号  地理教育研究会・中興館 1938.5
昭和12年10月25日(月曜日)午後3時30分から午後4時30分の御堂筋における交通量調査をおこなっています。
区別は人・荷車・人力車・自転車・バス・トラック・タクシーです。同様に28巻2号では堺筋も調査しています。
しかし、簡易な調査ですし、他の調査地点があるわけではありません。

『道頓堀通』 国立国会図書館デジタルコレクション
道頓堀の徒歩交通量が多かった記述はあり。

『昭和10年全国商店街調査資料 第12巻 近畿編2』 不二出版 2008.5 【672.1/284N/12】
で主要商店街の来場者数を調査するも掲載なし。

そのほか、科学的なデータとは言えませんが、街路を撮影した写真から判断することも考えられます。

当館ホームページの大阪文献データベースではキーワード「淀川-水運(明治以降)」で検索すると15件の文献が表示されました。統計資料ではありませんが、参考になる情報を見つけることができるかもしれませんのでご活用ください。
http://refdb.library.pref.osaka.jp/
[事例作成日:平成27年2月18日]
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
①に関する文献として、『大阪市内の河川交通』、『水の都と都市交通 大阪の20世紀』近代日本交通史第9巻 三木理史著
②に関する文献として、『建築と社会』第3集第7-9号,1920 (大正9年)にかけて掲載された「都市計画参考資料(其四)都市計画区域内交通量」、「都市計画参考資料(其五)大阪市交通量表(一、ニ)」、「都市計画参考資料(其六)大阪市交通量表(三、四)」
NDC 
参考資料
(Reference materials)
水の都と都市交通三木/理史∥著成山堂書店
大阪商業會議所統計年報大阪商業會議所大阪商業會議所 明治45年・大正元年
大阪府統計書明治44年大阪府大阪府
大阪市統計書12大阪市役所
キーワード
(Keywords)
交通量調査(コウツウリョウチョウサ)
船舶(センパク)
河川交通(カセンコウツウ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
大阪
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000169533解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決