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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000169226
提供館
(Library)
石川県立図書館 (2110016)管理番号
(Control number)
0000001157
事例作成日
(Creation date)
2014/07/08登録日時
(Registration date)
2015年03月18日 00時30分更新日時
(Last update)
2015年11月28日 13時48分
質問
(Question)
珠洲市の蛸島素麺のつくりかたが記載された資料がないか。
回答
(Answer)
(1)すでにお調べの資料ではありますが、『珠洲市史』『珠洲のれきし』では、珠洲の素麺生産としては、主に出津の資料をもとに正院の素麺について叙述されています。

(2)しかし、明治3年10月~明治4年9月の統計(同書凡例より)である『能登生産記』(『石川県史資料』 近代篇5所収)によると、蛸島は「素麺一万八百六十九箇、価十万八千六百貫文、北海道へ輸出ス」とありますが、正院については素麺の生産については触れられていません(同書p26)

(3) 見瀬和雄「近世・近代のとの生産と海運-近世能登の諸生産と海運-米・塩・素麺・炭-」(『石川の歴史遺産セミナー講演録』第12回~14回所収)では、近世の素麺生産として、まず輪島素麺について叙述しています。
そして、「輪島素麺の盛衰ですけれども、寛政10年(1798)の史料によりますと、外からの小麦の入津が減少して素麺製造に支障をきたしたという史料があります。ここでは、素麺師43人の連署でなんとかしてほしいという願い書をだしていますが、これは能登半島のほかの地域に素麺の生産が広がったことによって、原料の取り合いが生じたことがどうも実際のようです。それは同じ史料に飯田・正院・蛸島・所口といったところが新たな生産地として浮上してきたということがどうも背景にあるようです。」(p14)
と、あり、正院や蛸島の素麺は、輪島で素麺生産が盛んになったより後に発展したことが述べられています。

(4)また、正院と蛸島の素麺生産の関係については、上記「近世・近代のとの生産と海運」で以下のようなことに触れています。
「図4は、正院素麺の製造元が、どういうわけか蛸島という地名を使っているのですけれども、加賀屋という家に残っている印です。・・・「請合 能州蛸嶋加賀屋製極上素麺」という印文があります。」

(5)奥村彪生『日本めん食文化の一三〇〇年』にも「廻船交易から発展した輪島そうめん」という項があり、そこでは、輪島と正院と蛸島の関係を以下のようにまとめています。
「能登半島では奥能登の正院近辺でもそうめんがつくられており、蛸島村もその生産地のひとつであった。そうめん製造が始まった年代は不明であるが、幕末の嘉永6年(1853)4月14日に加賀藩前田斉泰はその製造を見学している。この地へは輪島から伝わったことは確実であるが、昭和14年をもってその姿を消している。」(p178~179)

(6)上記「前田斉泰は・・・」というのを『加賀藩史料』で確認すると、藩末篇上巻p488に「十四日・・・夫より蛸島に而網御覧、又素麺出来候処御覧之よし」と記載されています。

(7)上記「近世・近代のとの生産と海運」、『日本めん食文化の一三〇〇年』は、ともに『大日本物産図会』より「能登素麺製造の図」を引用しています。本図は早稲田大学図書館のホームページ上でご確認いただけます(確認日2014-07-08)。
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/yo01/yo01_04265/index.html (書誌)
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/yo01/yo01_04265/yo01_04265_0002/yo01_04265_0002_p0008.jpg (図版)

(8)以上、能登の素麺の製造方法の文献資料としては、上記(7)の図および、明治11年「素麺産出高取調書」(『輪島市史』資料編 第4巻p163~164)のみのようです。
すでにお調べの、和嶋俊二「蛸島素麺」(『すずろ物語復刻版』 1 p123~127)は実際に最後まで残っていた蛸島素麺の製造者からの聞き書きも含まれているので、これ以上の資料は発見できないようです。

(9)ちなみに、「北國新聞」2010年01月27日(水)朝刊29頁に「珠洲で栄えた「幻の味」 蛸島素麺を復活 七尾養護学校分校 5年掛かり、道具も自作 試食会で市民に披露」という記事も見つかりましたので、ご紹介しておきます。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
砺波市の砺波素麺が蛸島素麺が元になっているらしいのですが、蛸島素麺を砺波に伝えた人が誰かということです。現在確認している資料は
 ・すずろ物語復刻版123p~127P
 ・珠洲のれきし102P~102P(蛸島素麺ではなく正院素麺について)
 ・珠洲市史三巻491P~495P(正院素麺)
 ・珠洲市史六巻235P~238P(正院素麺)などです。
 珠洲のれきしには、文政元年(一八一八)「諸産物盛衰書上申帳」には輪島と並んで蛸島と
飯田が素麺の生産地として書上げられており・・・飯田・蛸島のほかに、正院など・・・
 残念ながら珠洲市域では正院素麺に関する資料しか確認できないが・・・との記述があります。また、輪島市史七巻275P~285Pに輪島素麺の記述があります。
NDC
製造工業  (58 9版)
参考資料
(Reference materials)
1 珠洲市史 第3巻 珠洲市史編さん専門委員会∥編 珠洲市 1978 K212/5/3

2 珠洲市史 第6巻 珠洲市史編さん専門委員会∥編 珠洲市 1980 K212/5/6

3 珠洲のれきし 珠洲のれきし編さん委員会∥編集 珠洲市 2004.7 K212/1005

4 石川県史資料 近代篇5 石川県∥編 石川県 1978 K209/26/1-5

5 石川の歴史遺産セミナー講演録 第12回~14回 石川県立歴史博物館?編集 石川県立歴史博物館 2012.3 K209/1016/12-14

6 輪島市史 資料編 第4巻 輪島市史編纂専門委員会∥編 輪島市 1975 K214/4/4

7 加賀藩史料 藩末篇上巻 清文堂出版 1980 K209.5/29/16-1

8 日本めん食文化の一三〇〇年 奥村/彪生?著 農山漁村文化協会 2009.9 383.81/10167

9 すずろ物語復刻版 1 珠洲郷土史研究会∥[編] 珠洲郷土史研究会 2006.6 K212/1006/1
キーワード
(Keywords)
素麺
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
図書館
登録番号
(Registration number)
1000169226解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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