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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000165182
提供館
(Library)
石川県立図書館 (2110016)管理番号
(Control number)
0000001052
事例作成日
(Creation date)
2014/06/13登録日時
(Registration date)
2014年12月22日 00時30分更新日時
(Last update)
2014年12月24日 09時49分
質問
(Question)
加賀藩における近世の伊勢参りについて
1.誰が(町人、農民、武家)どれくらいの規模・頻度で出かけたか。
2.その道中日記に類するものはあるか。
3.他藩との比較では、多いか少ないか。
4.伊勢神宮の御師は積極的に各地に出かけ勢力を広げ、払い・大麻を配布するなどした。この払い・祈祷の内容はどのようなものであったか。
5.野町神明宮とのかかわりを述べるものは。
おおむね以上の内容で、伊勢参りと加賀藩についての概要を調べています。
回答
(Answer)
加賀藩における近世の伊勢参りについて
1.誰が(町人、農民、武家)どれくらいの規模・頻度で出かけたか。

(1)『社寺参詣の社会経済史的研究』(新城/常三著 塙書房 1982.5)が、複数の書籍で参考文献として扱われており、伊勢参宮の基本的な研究書のようです。「第9章近世参詣の諸相 第1節説伊勢神宮」には、様々な地域の伊勢参宮の統計が掲載されていますが、加賀藩のものは収録されていませんが、様々な形加賀藩に関する情報が掲載されていますので、以下のとおり紹介します。

・「第6章 近世参詣発達の諸因 第7節封建的規制」の部分で、どのように参宮が規制されたか、加賀藩の事例が多数掲載されています。
・「第9章近世参詣の諸相 第1節説伊勢神宮」には、神宮御師の来田氏の旦那数が記されている中に、「名古屋五、六名・福井四名・金沢家中三、四名・岡山七名」と、金沢の数も記されています。(p1179)
・「第10章近世参詣と民衆生活 第1節武士参詣の凋落」には、「金沢藩では、享保元年、藩主在国中は一、二里より遠方への行歩は遠慮せよと示達しているほどであるから、まして他国行旅などは問題外であった」(p1215)とあります。
・「第11章近世参詣民衆化の前進 第1節抜け参り」には、「天明のころ金沢藩で草取り最中に抜け参りする農家の作男あり」(p1299)という事例が掲載されています。

巻末に「加賀藩」などの索引がありますので、ぜひご参照ください。

(2)このほか、伊勢参宮については、史料が数点見つかりましたので、ご参考までにお知らせします。

○『加賀藩史料』(前田育徳会編 清文堂出版)
・元和七年是歳   伊勢踊、大に流行す
・延宝二年三月八日   百姓伊勢参宮する時は、許可を得たる日限に必ず帰国せしむべきを命ず
・元禄九年八月二十一日 猥りに伊勢参宮することなかるべきを命ず
・天保六年十一月八日  金沢鶴来屋左平等の外伊勢暦を摘写して出板することを禁ず

○『『咄随筆』本文とその研究』(鈴木雅子著 風間書房 1995.3)には、「下戸も上戸も同じ銭道」「参宮人は心持ちやう大事」という参宮をテーマにした聞書史料が掲載されています。(p58~59)

2.その道中日記に類するものはあるか。

野村胎子「伊勢参宮道中覚書について」 (『富山史壇』 越中史壇会 96号 1988.4 p29-46)に、加賀藩射水郡の十村塚本家の「寛政二年伊勢参宮道中覚帳」が紹介されています。

3.他藩との比較では、多いか少ないか。→1をご参照ください。

4.伊勢神宮の御師は積極的に各地に出かけ勢力を広げ、払い・大麻を配布するなどした。この払い・祈祷の内容はどのようなものであったか。

以下のような図書をご参照ください。
・『社寺参詣の社会経済史的研究 新稿』新城常三著 塙書房 1982.5 682.1/43
・『伊勢神宮』矢野憲一著 角川学芸出版 2006.11 175.8/10012
・『伊勢神宮の史的研究』梅田義彦[著] 雄山閣 1973 175.8/13
・『民衆宗教史叢書 第13巻』雄山閣 1984.9 385.1/46/13

5.野町神明宮とのかかわりを述べるものは。
・『稿本金沢市史 社寺編』(金沢市編 名著出版 1973 K222/37/7)p50~59「泉野神社」の項に記載があります。
・ちなみに、『国史大辞典 7』吉川弘文館 1986.11)「神明社」の項に、天照大神および伊勢両宮(神宮)を奉斎した神社。・・・・」と神明社一般についての説明があります。(p938)
回答プロセス
(Answering process)
(1)東京大学史料編纂所「近世編年データベース」を「伊勢」で検索、以下の加賀藩史料の綱文を確認。
元和七年是歳   伊勢踊、大に流行す
延宝二年三月八日   百姓伊勢参宮する時は、許可を得たる日限に必ず帰国せしむべきを命ず
元禄九年八月二十一日 猥りに伊勢参宮することなかるべきを命ず
天保六年十一月八日  金沢鶴来屋左平等の外伊勢暦を摘写して出板することを禁ず

(2)石川県関係雑誌記事索引より以下の記事を確認。
伊勢参宮道中覚書について 野村胎子 富山史壇 越中史壇会 96号 1988-04 29-46
近世伊勢参宮考―奥能登の参宮資料から― 小倉学 石川郷土史学会々誌 石川郷土史学会 7号 1974-11

(3)加賀藩の交通史を研究は深井甚三氏が多くしているので、深井甚三の著書を検索して内容を確認。
『幕藩制下陸上交通の研究』の中に「抜参りの展開と青少年」という章があるが、加賀藩の事例は記載されていない。

(4)前書の参考文献に『社寺参詣の社会経済史的研究』があったので、内容を確認。
「第9章近世参詣の諸相 第1節説伊勢神宮」に様々な地域の伊勢参宮の統計が掲載されているが、加賀藩のものは収録されていない。

(5)同書(『社寺参詣の社会経済史的研究』)より、加賀藩における伊勢参りに関する主な記述は以下の通り。

第6章 近世参詣発達の諸因 第7節封建的規制
・「加賀藩で慶安四年(1651)から明暦三年(1657)にかけ有名な農政改革=改作法が施行されたが、その直後、農民の離村が目立った。そこで藩ではその二年後の万治二年(1659)正月二日これを一切禁止すると共に、藩外にある領民の人返しを行った。しかるにこれと並んで伊勢参宮と本願寺参りの者を、十村等をして吟味させているのは、これらに偽装して出奔するものの防止策にほかならない。」(p793)
・「まず参詣者に、ある程度の経済的条件を設け、少なくとも、負債あるものや、貧困者には、これを認めなかった。・・・加賀藩でも、延宝のころ財産あるものに限りこれを認め、」(p797)
・「加賀藩では、これよりさき元禄十年六月、町方の娘・嫁・妻・後家など歳若き女の上方への参詣者に、今後過書を交付しないこととし、されに宝永四年には、参宮や上京に召連れる下女も五十歳以下には過書を交付しなかった。」(p802)
・「藩は、一定の日数制限を定めて、これを規制する必要があった。つぎの例が見られる。」とし、加賀藩の天和3、延宝・貞享、宝暦14、文政、明治3の日数制限について記されている。(p817)
・「江戸前期の加賀藩の参宮十八日がじっさいに履行された例には、貞享二年(1685)、能登多根村四郎兵衛の過書願に、お定めのごとく十八日以内に金沢に帰ると書いている例があげられる。」(p820)
・「さらに一歩進んでかかる除外を設けず、参宮・参詣を絶対的に禁止する藩もすくなくなかった。つぎの諸藩が一応考えられる。・・・・(カ)加賀藩 文久元前・・・」(p829)

第9章近世参詣の諸相 第1節説伊勢神宮
・、様々な地域の伊勢参宮の統計が掲載されているが、加賀藩のものは収録されていない。
・「加賀藩が、万治二年(1659)に他藩にさきがけて、国内旅行に関する規定の中に参宮を掲げているのが、その現われの一つと看られるが」と全国的な参宮の漸進的発展の理由にあげられている。(p1150)
・「神宮文庫の同じ来田氏(外宮御師)の『享保十八年諸国御道具者帳』によれば、来田氏の地盤は、全国の過半にわたり、さきの諸地方のほか、伊勢・亀山・津・下総佐倉・美濃・岐阜釜石町・信濃小室等のほか、無数の町村が挙げられているが、それが集中的でなく、極めて散在的である。しかもその旦那数は、名古屋五、六名・福井四名・金沢家中三、四名・岡山七名というように極めて寡ない。」という伊勢御師の地盤の解説内に、金沢の旦那数が上げられている。(p1179)

第10章近世参詣と民衆生活 第1節武士参詣の凋落
・「金沢藩では、享保元年、藩主在国中は一、二里より遠方への行歩は遠慮せよと示達しているほどであるから、まして他国行旅などは問題外であった」(p1215)

第11章近世参詣民衆化の前進 第1節抜け参り
・「天明のころ金沢藩で草取り最中に抜け参りする農家の作男あり」(p1299)

(6)その他
関連資料を、「伊勢信仰」「伊勢参」等で検索、確認。

(7)Googleブックスで「野町神明宮」を検索すると『『咄随筆』本文とその研究』がヒット。

(8)『石川県の地名』で野町神明宮に関する史料があることを確認。⇒校本金沢市史をあたったら、全部掲載されている。
事前調査事項
(Preliminary research)
堀麦水『三州奇談』の各話を読み解く作業をしています。現在読んでいる「玄門の巨佛」に伊勢参りの代参が出てきます。以下はみています。
『加越能寺社由来』、田中喜男『金沢町人の世界』、末木文美士『日本宗教史』(藤谷俊雄「おかげまいり」と「ええじゃないか」)、『金沢市史通史編』など。
NDC
神道  (17 9版)
参考資料
(Reference materials)
1 社寺参詣の社会経済史的研究 新稿 新城/常三?著 塙書房 1982.5 682.1/43

2 伊勢神宮 矢野/憲一?著 角川学芸出版 2006.11 175.8/10012

3 伊勢神宮の史的研究 梅田/義彦?[著] 雄山閣 1973 175.8/13

4 民衆宗教史叢書 第13巻 雄山閣 1984.9 385.1/46/13

5 稿本金沢市史 社寺編 金沢市∥編 名著出版 1973 K222/37/7

6 国史大辞典 7 国史大辞典編集委員会?編 吉川弘文館 1986.11 R210.03/95/7

7 『咄随筆』本文とその研究 鈴木/雅子?著 風間書房 1995.3 K388/124
キーワード
(Keywords)
伊勢参詣
野町神明宮
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000165182解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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