レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 登録日時
- 2014/11/06 12:45
- 更新日時
- 2015/11/15 16:54
- 管理番号
- 若松一般
- 質問
-
山口県出身の鮎川義介と北九州市若松区との関わりについて知りたい。
日立金属(戸畑)の社長、日本炭鉱株式会社(二島)の取締役だったことから、関わりがあったと思われる。
- 回答
-
大正2年11月6日、元高島屋会長・飯田藤二郎の長女美代と結婚し、若松市に住んでいた。
2年半過ごした後、大正5年、小倉に移住。(「鮎川義介伝」P48参照)
また、大正10年7月には若松市にあった帝国鋳物の経営を引き受け、社長に就任。(「鮎川義介伝」P58参照)
昭和9年7月には、若松市二島に日本炭鉱株式会社の取締役に就任。
鮎川氏が社員に向けて熱弁をふるった様子が、社員の回顧録として記述されている。(「日炭回顧録」P225参照)
- 回答プロセス
-
鮎川義介をキーワードに検索すると、鮎川氏の自伝である「私の履歴書/経済人9」、「鮎川義介伝」がヒット。
幼少期は山口県で過ごしているので、成人してからのことを調べた。結婚を期に、若松市に住んでいたことが判明。
また、鮎川氏の年表を見ると、日本炭坑株式会社の取締役に就任していたことがわかった。
そこから“日本炭鉱株式会社”をキーワードに検索すると、「日炭回顧録」が出版されていた。
社員の回顧録より、鮎川氏が就任された当時の思い出が記述されていた。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 個人伝記 (289)
- 参考資料
-
- 「私の履歴書/経済人9」日本経済新聞社/編集・発行 1980年10月 (P5~98)
- 「鮎川義介伝」 小沢 親光/著 山口新聞社/発行 1974年 (P48、58)
- 「風雲児鮎川義介」 山崎 一芳/著 東海出版社/発行 1937年
-
「ひろば北九州2004年1月号 技術者群像 鮎川義介(上)」北九州市芸術文化振興財団/発行
「ひろば北九州2004年2月号 技術者群像 鮎川義介(下)」北九州市芸術文化振興財団/発行 - 「日炭回顧録」 日炭回顧録の会/編 弦書房/発行 2012年8月 (P225)
- キーワード
-
- 鮎川義介
- 日本炭鉱株式会社
- 戸畑鋳物
- 日立金属
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000161840