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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000156119
提供館
(Library)
天草市立中央図書館 (2310283)管理番号
(Control number)
中央-H3-11
事例作成日
(Creation date)
登録日時
(Registration date)
2014年07月15日 10時45分更新日時
(Last update)
2014年07月15日 13時11分
質問
(Question)
ハイヤ節の起源を知りたい。
回答
(Answer)
参考:天草の海、牛深市の資料より――

【ハイヤ節の源流 牛深ハイヤ節】
 ハイヤ節、九州ではハイヤ節とかハンヤ節あるいは東北、北海道ではアイヤ節、宮城県や茨城県では塩釜甚句とか潮来甚句と呼ばれているこの唄の源流は熊本県牛深市牛深町の牛深ハイヤ節です。
 牛深港は天草の最南端に位置し、熊本県下最大の漁業基地であり、古くから天然の良港として知られた漁町です。
 ここに出入りする船は大阪から雑貨等を積んで玄界灘を横切り平戸の瀬戸を通って南下し、鹿児島へ向かう下り船と、逆に鹿児島から鰹節等の海産物を積み込んで薩摩半島を回り東支那海を北上する上り船です。
 さて、港入りした帆船は積荷の一部を舟問屋へ売りさばいて、さらにこの地の海産物を積み込み、そして風の良い日に次の寄港地へ向って出発して行きます。上り船、つまり大阪へ向う船の場合は、牛深から東支那海へ出て一路北上し、長崎半島の突端、野母崎、あるいは西彼杵半島の沖に浮かぶ松島といった港をたどりながら平戸の瀬戸をぬけた所で平戸島の田助港へと入ります。そして、又、風と潮の具合を見て佐賀県の呼子、関門海峡をぬけて下関、瀬戸内海のおもな港に立ち寄りながら大阪へと向う訳ですが、この為には、牛深港を出る際に南風が吹いてないと船は北へ向って走れません。その南風のことを九州ではハエの風と呼びます。そうした所からハエがハエヤになり、ハエヤがハイヤになって「ハイヤ、ハイヤで今朝出た船はどこの港にサーマ入れたやらエ」という歌詞が生まれ、その歌い出しの文句を採ってハイヤ節と呼ばれる唄、これは実は、南風つまりハエの風で今朝出向して行った帆船は、どこの港まで進めただろうかと船乗りの身を案じる牛深の「新銀とり」と呼ばれた船乗り相手の女の人達が唄い始めたもののようです。
 こうして、大阪と鹿児島を往来していた当時の船乗り達によって、九州の西海岸から瀬戸内海の港へと、このハイヤ節が持回られました。その折に伝わったと思われるのが、鹿児島ハンヤ節(鹿児島県)であり、田助ハイヤ節(長崎県)、呼子ハイヤ節(佐賀県)、瀬戸内海の三原ヤッサ(広島県)、四国の阿波おどり、よしこの節(徳島県)などです。
 しかし、これらはいずれも歌だけ持ち込まれて、三味線はそれぞれの港の女達が手をつけたので伴奏の差が唄の違いになっています。
 ところで、瀬戸内海を運行する船の中には別の航路を行くものもありました。
 その代表的なものが、大阪を春、三月に出港して瀬戸内海をぬけ、関門海峡から日本海へ出ると一路北海道へ向う、一本柱に一枚帆の北前船と呼ばれる千石船です。
 この北前船が大阪から下関までの間の港で仕入れたハイヤ節を北海道へ向う途中置き土産して行ったものが現在の浜田節(島根県)、宮津のハイヤ踊り(京都府)、新潟県の佐渡おけさ、寺泊おけさ、そして庄内ハエヤ節(山形県)、津軽アイヤ節(青森県)、等で更には北海道の江差餅つきばやしにまで形を変えることになるのです。
 北前船の通った航路を西回りと呼びます。それに対して東周り航路は北の各藩で取れた米を江戸へ送る際に利用した津軽海峡をぬけて、太平洋を南下する航路です。
 この航路を行く船は酒田と小泊の間でハイヤ節を積み込んで、太平洋側の八戸、宮古、釜石、塩釜等の港へと伝えました。
 ただ、京都府の宮津からハイヤがなまってアイヤ節と呼ばれたので太平洋側の唄はすべてアイヤ節でした。
 さて、この東周り航路、千葉県の房総半島を回っていよいよ東京湾へ入ろうとする所で伊豆半島の先をぬけてくる西風にあおられて帆船を先へ進めることが大変むずかしく危険をともなうので銚子から利根川へ船を入れ潮来で小さな船に荷物を積み替えて川を利用して江戸へ運びます。それで宮城県の塩釜甚句が潮来に持ち込まれて潮来甚句になった訳が分かります。
 このように、多くの人達からハイヤ節が大変に関心を持たれているその理由は一つの唄が、日本中で歌われてきたために地方色の比較がはっきり出せることと、当時の交通事情や船乗り達の生活が浮き彫りにできる所にあるようです。
(解説 民謡研究科 竹内勉)


【牛深ハイヤ節】
 下島の最南端、港は紺青をたたえて潮青をたたえて潮が深く、かって潮深(うしおぶか)と呼ばれた牛深に生まれたのが酒宴歌「はいや節」である。
 もともとこの種の唄は、鹿児島や長崎にもあるが、これが牛深で独自の発展を遂げたのは徳川の末期、新銀とりが恋人の出船入船によせて歌ったためで、この新銀取りは大正十年頃まで続き、その収入は牛深経済を左右するほどの大きな財源となった。
 牛深は長崎・鹿児島の寄港地で帆と櫓で海を渡る時代においてはまさにオアシス的存在、ここに寄港するお客に酒と女は付きものであった。
 瀬戸や松島につけずにすぐに 早く牛深に入れてくれ (はやし)黒島沖からやってきた 新造か白鷺かよくよく見たればわがつまさまだよサッサヨイヨイ 田舎なれども牛深の町は三昧や太鼓で船あそび  (はやし)牛深三度行きゃ三度倮 戻りゃ本渡ン瀬戸かち渡り 鍋釜売っても酒盛ちゃしてこい サッサヨイヨイ
 南国の島を如実に表現するこの唄と踊りは、最初流暢なエロチックな感じのうちに始められるが、次第にテンポが早くなり、遂に狂舞的となり、人をして「はいや」のダイゴの味に酔わせずにはいない。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
ハイヤ節
牛深ハイヤ節
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000156119解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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