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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000151141
提供館
(Library)
京都市図書館 (2210023)管理番号
(Control number)
右中-郷土-68
事例作成日
(Creation date)
2014年03月24日登録日時
(Registration date)
2014年03月24日 14時00分更新日時
(Last update)
2014年03月28日 16時26分
質問
(Question)
八坂通の明治~昭和にかけての変遷を写真で確認したい
回答
(Answer)
八坂通は,聖徳太子建立と伝えられる法観寺(八坂の塔 京都市東山区)の参詣道として発達し,西は大和大路通から東は法観寺門前に至る全長約600メートルの通りです。
【参考資料1~5】では明治~昭和初期の法観寺前の八坂通,【資料6】では東大路通より西側の八坂通(昭和47年)の写真が掲載されています。

【資料1】…明治初年と昭和5年 
【資料2】…明治7,8年頃と昭和5年(資料1と同じもの) 
【資料3】…明治20年頃
【資料4】…幕末明治期(年代不明) 
【資料5】…明治(年代不明) 
【資料6】…昭和47年 

また,京都府立総合資料館のウェブサイト内 京都北山アーカイブズ>撮影鑑ニ>八坂法観寺
http://www.pref.kyoto.jp/archives/shiryo11/fsbunrui/k01003.html   でも,明治初期の法観寺前の八坂通を見ることができます。
回答プロセス
(Answering process)
●明治~昭和初期の京都が撮影された写真集より,八坂通,八坂の塔を探す …【資料1~3】【資料5】
【資料5】二年坂から八坂通を少し下ったあたり,八坂通から北西方向に見た八坂の塔の眺め。“まだ家並みがそろっておらず,明治中期以降に住宅が次々建てられていったらしい” 

●幕末明治期の図版集 …【資料4】

●昭和47年7~10月に撮影された京都府各地の写真集 …【資料6】
【資料6】“住宅が多く静かなたたずまい。坂道にあるため石垣積みが多く,その上に板塀,杉皮塀等をめぐらし,樹木,白壁の土蔵がのぞくなど静けさを感じさせる”
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216 9版)
日本  (291 9版)
日本史  (210 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『京の町並み 写真集』 (田中 泰彦/編集・解説 京を語る会 1972) p99~100 “八坂の塔”
【資料2】『京之面影 中』 (田中 緑紅/編 郷土趣味社 1932) 図9 “東山を飾る八坂の塔(八坂通下河原東)”
【資料3】『なつかしい京都』 (田中 緑紅/編 京を語る会 1958) p8 “物見になった八坂塔”
【資料4】『東京国立博物館所蔵幕末明治期写真資料目録 1図版篇』 (東京国立博物館/編 国書刊行会 1999) p73 “八坂塔”
【資料5】『幕末・維新彩色の京都』 (白幡 洋三郎/著 京都新聞出版センター 2004) p64 “八坂通から北西方向に見た八坂塔”
【資料6】『市民のえらんだふるさと京都』 (京都府文化財保護基金/編・発行 1974) p55 “塔の見える道(八坂通東大路西入)”
【資料7】『京都の大路小路 ビジュアル・ワイド』 (小学館 2003) p268~269 “八坂通”
【資料8】『京都地名語源辞典』 (吉田 金彦など/編 東京堂出版 2013) p577 “八坂通”
キーワード
(Keywords)
八坂通
八坂の塔
法観寺
京都市東山区
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000151141解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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