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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000141776
提供館
(Library)
我孫子市民図書館 (2310191)管理番号
(Control number)
2013-1
事例作成日
(Creation date)
登録日時
(Registration date)
2013年12月12日 13時15分更新日時
(Last update)
2013年12月17日 17時19分
質問
(Question)
内村鑑三の著作『代表的日本人』で、二宮尊徳が手賀沼の干拓をしたというような記述があるが、二宮尊徳と手賀沼の関わりについて知りたい。
回答
(Answer)
二宮尊徳は、手賀沼から印旛沼までの掘割が掘れるかどうかという調査はした。しかし、実際にその計画が実行されることはなかった。
回答プロセス
(Answering process)
・内村鑑三の『代表的日本人』(原文は英語)では、「(略)利根川下流の大きな沼澤地の干拓につき、仕方書を提出するよう、幕府から命ぜられた。(略)」との記述があり、訳者による注では”大きな沼澤地”のことを「手賀沼と印旛沼」としている。原文では、”the Great Marshes"とあり、具体的な沼の名前が明記されているわけではない。
・『国史大辞典』(吉川弘文館、1979)で、「手賀沼干拓」と「印旛沼干拓」の項を調べると、「印旛沼干拓」の項に「(水野)忠邦は天保十三年下野桜町にいた二宮尊徳を御普請役格」に任命して利根川の分水路の計画をたてさせている。」という記述あり。
・『日本の名著26 二宮尊徳』(中央公論社、1970)に所収されている「報徳記」で天保十三年の頃を読んでみると、1842年(天保十三年)老中水野忠邦に「利根川分水路見分目論見御用(水害を防ぐために手賀沼から印旛沼まで掘割を掘れるか調査すること)」を命じられ、役人とともに現地を歩き回ったことがわかった。また、二宮尊徳の意見は、時間も労力もかかる工事のため採用されなかったこともわかった。
・「小田原市尊徳記念館」にも確認をした。
・我孫子市教育委員会文化スポーツ課にも確認をしたが、上記の内容以外、手賀沼との関わりは認識していないとのことだった。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
河海工学.河川工学  (517)
農業工学  (614)
参考資料
(Reference materials)
日本の名著26 二宮尊徳. 中央公論社, 1970., ISBN 4-12-400416-8 (「報徳記」「二宮翁夜話」含む。)
国史大辞典. 吉川弘文館, 1979.
内村鑑三. 代表的日本人. 岩波書店, 1995., ISBN 4-00-331193-0
キーワード
(Keywords)
手賀沼
印旛沼
干拓
二宮尊徳
照会先
(Institution or person inquired for advice)
小田原市尊徳記念館
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介 事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物 地名
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000141776解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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