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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000141482
提供館
(Library)
石川県立図書館 (2110016)管理番号
(Control number)
0000000119
事例作成日
(Creation date)
2013/09/17登録日時
(Registration date)
2013年12月02日 00時30分更新日時
(Last update)
2013年12月04日 09時18分
質問
(Question)
(1)山口家の調査をしている。山口家は、前田利家の与力をしていた。尾張の国から加賀の国にやってきた。
 山口家は、多々良姓 大内氏族であろうと考えている。
 前田利家の与力である山口氏についての資料があれば、情報提供と資料提供(複写)を依頼したい。
(2)明治維新以後の「士族家譜」(名簿)のような資料に山口氏について記載があれば、山口氏に関する部分の情報提供を依頼したい。
回答
(Answer)
①当館が所蔵する、前田利家の与力である山口氏についての資料

・『諸士系譜 4(巻12?巻14)』巻13に「山口氏」がある。「与力」の文字が見えるのは、山口弥五兵衛の弟・小左衛門の子・一巷の弟・小七郎の子である「兵左衛門(本組与力宝暦十二死)」と、その子「武十郎(本組与力)」。

・『角川日本姓氏歴史人物大辞典 17』p469「山口」の項には、「加賀藩士山口弥五兵衛系は、山内越後を祖とする。越後の養子弥五兵衛は、天正11年前田利長に仕え、250石。…一巷の弟小七郎は50石で、小七郎―六左衛門―兵左衛門―武十郎と続く。」とある。

・「金沢大学文化財学研究 通巻10号」収録の、横山方子「寛延三年『惣与力人数・知行高并明知・役付・歳付等之帳』と幕末の『野町与力町図』」は、金沢市立図書館近世資料館所蔵の「惣与力人数・知行高并明知・役付・歳付等之帳」を翻刻したもので、これは寛延3年(1750)の「与力の名簿とでも言おうか」(p37)という資料である。この中に、「山口兵左衛門」の名がある。(p48)
前出『諸士系譜 4』の、山口弥五兵衛の弟・小左衛門の子・一巷の弟・小七郎の子である「兵左衛門(本組与力宝暦十二死)」と同一人物と思われる。

 坂井甚右衛門組附与力
 一、百石 知行高 〆弐百三拾石 三拾七歳 本組 山口兵左衛門

・『小立野与力町(金沢市)与力の研究』[1]~3を見たところ、『小立野与力町(金沢市)与力の研究 [1]』p7の3図に「六組御徒 山口 彦三郎妻60俵」とある。
また、『小立野与力町(金沢市)与力の研究 3』p18,23,24,25に、「本組与力 山口○○」の名が出ている。この論文は、「小立野与力町における幕末期の住民とその関係者(親族、係累)の出生や死亡、結婚・離婚、昇進や加増(引足)の状況を関係由緒書及び「惣与力」(金沢市立図書館近世資料館蔵)から抜粋したもの」(『3』p17)。
ただし、この「本組与力 山口○○」と、前出『諸士系譜 4』の山口氏との関係は不明。

 p18 1849(嘉永2)年 死去‥本組与力 山口 政八郎 100石、無妻 嘉永2・10
 p18 1849(嘉永2)年 養子‥本組与力 山口 七兵衛・自定 100石 嘉永2・10
 p23 1859(安政6)年 死去‥本組与力 山口 七兵衛・自定 100石 安政6・11
 p24 1860(万延元)年 養子‥本組与力 山口 七兵衛・自茂(よりしげ) 100石 万延1・7
 p25 1862(文久2)年 結婚‥今枝与力 植松 平左衛門・永貞 180石、小立野与力町78及び文久2・12、山口七兵衛娘 再婚
 p25 1862(文久2)年 結婚‥本組与力 山口 七兵衛・自茂(よりしげ) 100石 及び草薙 艮平妹

・『加賀藩士人別帳 上巻』p268によると、「山口七平」は「山口 七兵衛・自茂」と同一人物で、明治3年当時30才、檀那寺は「教王寺」。

・『加越能文庫解説目録 上巻』p261によると、『先祖由緒并一類附帳』の帙609に「山口七平」の由緒帳(7丁)がある。「加越能文庫」は、金沢市立図書館近世資料館蔵。

②明治維新以後の資料で、山口氏について記載がある、「士族家譜」(名簿)のような資料

前出の、『先祖由緒并一類附帳』(金沢市立図書館近世資料館蔵)の帙608~611に、「山口○○」の由緒帳がある。
『加越能文庫解説目録 上巻』p261-262に、「山口○○」について以下の事項が記載されている。

 帙番号 当主の氏名(別名、通称) 父の名前 秩禄 成立年代 檀那寺 丁数 冊数

解説によると、「明治3年(少数はその前後)に金沢藩庁に提出された原本である。その内容は、まず当主の略歴にはじまり、遡って先祖以来の系譜と略歴、ついで当主の4親等(1部)までの親族を書きあげたもので、巻末に別載した事項の外に、当主の本国、生国、定紋、住居同姓者の記されたものもある。ただ、明治3・4年の藩士(陪臣を含む)の数は、士族卒族合わせて1万7千余戸と見られるが、ここに載せたものは11,761点で、凡そ3分の1を欠いたことになる。」とのことである。
回答プロセス
(Answering process)
『角川日本姓氏歴史人物大辞典 17』p469-470「山口」の項を見ると、複数の山口氏が載っている。
『諸士系譜 4』巻13の「山口氏」を見ると、「与力」の文字が見える山口氏があったので、まずそちらを追いかけた。
次いで、『小立野与力町(金沢市)与力の研究』[1]~3を見ると、『諸士系譜 4』巻13の「山口氏」との関係は不明ながら、「本組与力 山口○○」の名があったので、そちらも追いかけた。
事前調査事項
(Preliminary research)
『姓氏家系大辞典』(大田 亮)(角川書店)などを調べた。
NDC
伝記  (28 9版)
参考資料
(Reference materials)
1 諸士系譜 4(巻12?巻14) 津田 信成∥著 石川県立図書館 1987.3 K288/4/4 「山口氏」
2 角川日本姓氏歴史人物大辞典 17 角川書店 1998.12 K288/1001 p469-470
3 金沢大学文化財学研究 通巻10号 金沢大学埋蔵文化財調査センター 金沢大学埋蔵文化財調査センター 2010 p48 「山口兵左衛門」の名がある
4 小立野与力町(金沢市)与力の研究 江森/一郎?著 金沢学院大学 2010.3 K288.2/1027/1 p7 3図に「六組御徒 山口 彦三郎妻60俵」とある
5 小立野与力町(金沢市)与力の研究 その3 江森/一郎?著 金沢学院大学 2011.3 K288.2/1027/3 p18,23,24,25 「本組与力 山口○○」の名が出ている
6 加賀藩士人別帳 上巻 古川 脩∥著 古川脩 1997.7 K280/1001/1 p268 「山口 七平」は「山口 七兵衛・自茂」と同一人物
7 加越能文庫解説目録 上巻 金沢市立図書館∥編 金沢市立図書館 1975.3 K025/15/1 p261 『先祖由緒并一類附帳』の帙609に「山口七平」の由緒帳(7丁)がある
キーワード
(Keywords)
山口氏
与力
加賀藩
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000141482解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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