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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000140421
提供館
(Library)
千葉県立中央図書館 (2120001)管理番号
(Control number)
千県中千葉-2013-14
事例作成日
(Creation date)
2012年10月12日登録日時
(Registration date)
2013年11月13日 10時35分更新日時
(Last update)
2013年11月14日 11時09分
質問
(Question)
1.少年農兵隊について県史や教育史の中で記述があるか。
2.女性隊についての記録はあるか。
回答
(Answer)
「少年農兵隊」また、満州に送られた女性隊について下記の資料を紹介します。
「女性隊」については、項をたてずに記載されていることが多く、それぞれの資料に記載されている内容を紹介します。

1.『千葉県の歴史 通史 近現代2』【資料1】p877-885「戦時下の教育と文化」、p883-884 満州や北海道へは農学校の勤労奉仕隊が派遣された。1945年6月に義勇兵役法が公布され、満15歳から60歳の男子と満17歳から40歳の女子で国民義勇戦闘隊を組織することになり千葉県でも8月に学徒隊に国民義勇戦闘隊に組み入れることになった、など記載。

2.『千葉県教育百年史 4巻 史料編 大正・昭和1』【資料2】
①p1088-1089 「満蒙開拓青少年義勇軍郷土部隊編成促進に関する件」
   昭和15年度郡教育会関係書類が掲載。
   昭和16年1月18日県議第38号印旛郡教育会長宛文書が掲載。
②p1090-1091 「満蒙開拓青少年義勇軍東葛地方郷土小隊期成会に関する件」
   昭和18年度公文書が掲載。
   昭和18年10月23日 千葉県東葛飾地方事務所長、満州開拓青少年義勇軍、東葛地方郷土小隊期成会長発東葛飾郡教育会長 根本親あて文書が掲載。  

3.『千葉県議会史 第4巻』【資料3】 p1178 昭和15年度の内容について、
 「その他、当時国策として推進されていた満州移民について、県としての取組みについては、次のように述べている。」とし「満州農業移民として進出せる本県独身移民の配偶者たるべき堅実なる農村子女の自覚進出を促すことは刻下の急務なるに鑑み(中略)所要経費1500余円を、また青少年義勇軍の選出は満州移民事業の達成上重要なる事柄なるに鑑みまして予備訓練費として400円を計上いたしました。」という記載が見られます。

4.『千葉県教育会館史 第2巻』【資料4】p499-505「戦時体制下の教育会」募集要項有。
 p520-538「満蒙開拓青少年義勇軍の派遣」
  千葉県から送り出した隊員数や都市別人数、また国民学校宛の文書などもあります。
県史、教育史以外の資料では、次のような資料がありました。

5.『生命と平和の尊さを 私の戦時体験から』【資料5】(体験談 全31篇)
 p117-123 「農兵隊の一年」 昭和20年3月、国民学校高等科の卒業を目前に13歳11ヶ月で満蒙開拓義勇軍の国内版である農兵隊(工種食糧増産隊)に入隊した後、満州行き義勇軍に応募したが、願書を受け取った小隊長の判断で入隊することができなかった、という経験談。
この本に入っている内容を漫画で表した資料に『漫画戦争体験記』(堤輝彦編集 大嶋清巳絵 神崎町教育委員会 2008-2010)があります。
  
6.『赤い夕陽に 成吉思汗二〇会記念誌』【資料6】「はじめに」には「私たちは、昭和20年4月、千葉県知事の参加命令によって結成され、在満千葉報国農場に派遣された。甲種食料増産隊・女子勤労奉仕隊及び加茂郷開拓団の帰国者」と記載されており、市原市、旧加茂村の関係者の会であると思われます。名簿や写真も所収されています。名簿によると、ほとんどが14歳~15歳であることが分かります。女子隊については、20歳前後です。

7.『千葉県女子同志会三十五周年記念誌』【資料7】昭和19年、20年に「女子勤労隊」として満州の千葉報国牧場に渡った女性たちの思い出や体験談が綴られています。

8.『成田市史 近現代編』【資料8】p535-537でも触れています。成田市地域内の「満州開拓応募者数」(昭和13年、14年、15年)が掲載されています。
郷土雑誌から

9.遠山あき著「かづさ夜咄千一夜(二十六) 重夫君の満蒙開拓ひとりごと」(『房総及房総人』通巻893) 【資料9】p66-70

10.石井重雄著「満蒙開拓青少年義勇軍」 (『袖ヶ浦市史研究』通巻4号)【資料10】
p38-51 著者は、昭和14年に茨城県の内原鯉渕村に建設された満州開拓幹部訓練所に入所。24歳、農事担当。昭和14年4月17日長野県から青少年583名到着(第2次満蒙開拓青少年義勇軍)。年齢構成は、15歳、16歳が260名、17歳が25名、18歳が23名、19歳が10名、20歳が3名ということも記載されています。「千葉県では全県下で50名前後であったろう」「内地訓練およそ2箇月、いよいよ満州に渡る日がきた」「昭和14年6月18日、第12中隊は、入所以来一人の落伍者もなく、高らかに中隊歌を歌って、内原訓練所を後にする、炎と燃ゆる青少年の先頭にたって」と記載。昭和20年までの情況も記載されています。

11.谷萩藤嗣著「千葉県甲種食糧増産隊満州派遣隊顛末記-通称農兵隊々員の手記から-」(『袖ヶ浦市史研究』通巻8号)【資料11】p29-46 女子勤労奉仕隊についての記述があります。 
 「千葉県では昭和19年、20年の女子勤労奉仕隊を、千葉報告農場に派遣した。昭和20年度の応募者は、5月21日千葉県庁に集合し、正式名称を満州国建設女子勤労奉仕隊と命名された。隊員の年齢構成は17歳から22歳だった」、また、敗戦後の状況についても記載されています。

12.飯白和子著「旧富勢村「報告農場」の研究 -勤労奉仕に動員された人々と戦時下の子供たち―」(『我孫子市史研究』第16号)【資料12】p197-226
特にこのうち第3章「満蒙開拓青少年義勇軍の子供たち」、第4章「勤労奉仕と戦時下の子供たち」では、多くの資料を挙げ、情況を説明しています。また、参加した子供たちの当時の作文も掲載されています。

13.高橋清行著「満州に渡った少年農兵隊」(『香取民衆史』10)【資料13】p139農兵隊の慰霊碑として市原市海保の遍照院境内の碑を紹介しています。
少年農兵隊について分かりやすい記述です。

14.『千葉日報』2012年9月27日 18面「私の徒然草」 酒井登志生著【資料14】
一部転記します。
「-市内海保、市営墓地への通り道。遍照院境内の一隅に、「成吉思汗(じんぎすかん)二〇会」の
人たちの浄財によって建てられた慰霊碑があります。(以下要約をお許し願う)
 昭和20年春、政府の食料増産政策により、県内各地より、14歳から18歳前後の少年少女が、
農兵隊として、満州国の千葉報国農場(成吉思汗町)へと送り出された。総勢で110人を超え、年齢的には少女が少年を上回っていた。3カ月後、予期せぬ敗戦で1年余の逃避行中、氷点下40度の厳寒や飢えによる病死や餓死、それに敵兵や盗賊に襲われることもあり、県下32名が犠牲になり、特に市原出身者は13 名と最多数だった」
この中の遍照院の所在地は、千葉県市原市海保です。
回答プロセス
(Answering process)
一般の書籍の他、千葉県立図書館ホームページの「菜の花ライブラリー」から郷土雑誌の所収論文を調査。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
農業経済・行政・経営  (611 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『千葉県の歴史 通史 近現代2』(千葉県史料研究財団編集 千葉県 2006)|0200835767;
【資料2】『千葉県教育百年史 4巻 史料編 大正・昭和1』(千葉県教育百年史編さん委員会編 千葉県教育委員会 1972)|9200317122;
【資料3】『千葉県議会史 第4巻』(千葉県議会史編さん委員会編さん 千葉県議会 1982)|9200308188;
【資料4】『千葉県教育会館史 第2巻』(千葉県教育会館史編纂委員会編 1984)|9200316448;
【資料5】『生命と平和の尊さを 私の戦時体験から』(神崎町教育委員会編集 1995()体験談 全31篇)|0200649574;
【資料6】『赤い夕陽に 成吉思汗二〇会記念誌』(成吉思汗二〇会編集 1994)|9200224364;
【資料7】『千葉県女子同志会三十五周年記念誌』(千葉県女子同志会編 1982)|9200312430;
【資料8】『成田市史 近現代編』(成田市史編さん委員会編集 1986)|9200284110;
【資料9】遠山あき著「かづさ夜咄千一夜(二十六) 重夫君の満蒙開拓ひとりごと」(『房総及房総人』77巻1号(通巻893号)  2010年1月 房総社)|0502297924;
【資料10】石井重雄著「満蒙開拓青少年義勇軍」(『袖ヶ浦市史研究』 通巻4号 袖ヶ浦市史編さん委員会 1996年3月)|0501078280;
【資料11】谷萩藤嗣著「千葉県甲種食糧増産隊満州派遣隊顛末記 -通称農兵隊々員の手記から-」(『袖ヶ浦市史研究』 通巻8号 袖ヶ浦市史編さん委員会 2000年3月)|0500096293;
【資料12】飯白和子著「旧富勢村「報告農場」の研究 -勤労奉仕に動員された人々と戦時下の子供たち―」(『我孫子市史研究 』 第16号 我孫子市教育委員会 1976)|0502150397;
【資料13】高橋清行著「満州に渡った少年農兵隊」(『香取民衆史 10』香取歴史教育者協議会 1976)|0501710460;
【資料14】『千葉日報』2012年9月27日 18面「私の徒然草」 酒井登志生著
キーワード
(Keywords)
満州
開拓
農兵隊
満蒙開拓青少年義勇軍
国民義勇戦闘隊
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
書誌的事項調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000140421解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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