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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000140228
提供館
(Library)
千葉県立中央図書館 (2120001)管理番号
(Control number)
千県中新聞-2013-3
事例作成日
(Creation date)
2013/09/11登録日時
(Registration date)
2013年11月09日 00時30分更新日時
(Last update)
2013年11月09日 16時33分
質問
(Question)
読売新聞1970年(昭和45年)~1975年(昭和50年)の期間に掲載された、当時の新日鉄君津に関する連載記事が読みたい。内容は、北九州の八幡製鉄所から君津へ多くの従業員家族が移住したことを「民族の大移動」として、多数回に渡ってルポしたもの。「民族の大移動」というのは連載名かもしれず、また連載初回か最終回に担当記者名「三山秀昭」が記載されているかもしれない。地元北九州の図書館で北九州ローカル面や全国の版縮刷・データベースを検索しても該当記事が見当たらなかったので、おそらく千葉版に掲載されていると思われる。
回答
(Answer)
ご依頼の「新日鉄君津」に関する新聞連載記事は、次の通りです。
執筆者名の記録はありませんでした。

調査期間:昭和42年(1967年)2月1日~昭和45年(1970年)4月30日
調査手段:当館所蔵のマイクロフィルム「読売新聞(千葉版)」を通覧。

 『読売新聞(千葉版)』
  ・連載名「20年目のレポート 東京湾岸の開発」全11回
    
   第1回 昭和45年4月2日p16 10段囲み記事
    「民族移動」 “鉄鋼の町”へ大変革 九州からざっと2万人
        
   第2回 昭和45年4月3日p16 6段囲み記事
    「“打ち出の小づち”上」 工場誘致で“税倍増” 無責任、今は公害に泣く
        
   第3回 昭和45年4月4日p16 6段囲み記事
    「“打ち出の小づち”下」 大きすぎる?“恩恵” 君津 企業に臣従する懸念
        
   第4回 昭和45年4月5日p16 6段囲み記事
    「失われた海」 転業漁民の前途は暗い 補償金が生活のペース狂わす
        
   第5回 昭和45年4月7日p16 7段囲み記事
    「農民の場合」 米作り捨てる農家 高収入求めて出かせぎ
        
   第6回 昭和45年4月8日p16 8段囲み記事
    「芽が出ぬ市民運動」 “こわさ”知らぬ 実害は蓄積の末に
        
   第7回 昭和45年4月10日p16 8段囲み記事
    「習志野市の反骨」 公害防止条例 県よりきつい規制 運用面で多少問題も   
   第8回 昭和45年4月11日p16 8段囲み記事
    「団地もうたくさん」 重い地元負担 しわ寄せ住民に
        
   第9回 昭和45年4月12日p16 8段囲み記事
    「追われる野鳥」 いまに人間が… 調和ある開発を
       
   第10回 昭和45年4月14日p16 8段囲み記事
    「川鉄のけむり」 開発の先駆者? 公害のパイオニアでも
       
   第11回(最終回) 昭和45年4月15日p16 8段囲み記事
    「未来像は?」 プラス面を強調 9市町の代表からアンケート “カギ”は住民の手に
回答プロセス
(Answering process)
念のため読売新聞データベース「ヨミダス歴史館」にて、『読売新聞』を調査したがヒットせず。
『千葉県関係新聞記事索引』昭和45年-46年、昭和47年-48年を調査したが、掲載無し。
『千葉版の話題』昭和49年(1974年)1-6月、昭和49年(1974年)7-12月、昭和50年(1975年)1-6月、昭和50年(1975年)7-12月を調査したが、
掲載無し。
該当期間の千葉版は検索手段が無いため、マイクロフィルムの通覧で調査。
        
「民族移動」の事実及び期間確認のため、以下の資料にて調査。
図書『新日鉄君津物語 房総の夜明け』[資料1]
 p158「工場の建設に伴って当然、人口は増加の一途をたどった。ことに四十四年・四十五年には「民族の大移動」とまで言われたように、九州をはじめ日本全国からの人口流入が激しかった。」
 p162「人口が急増するのは昭和四十三年からである。」
図書『新日鉄君津労働運動史 第1巻』[資料2]
第1章「いざなぎ景気」下の労働運動 
第2節「民族の大移動」始まるp281-308
 p281「まず、昭和42年9月に君津厚板訓練班が設置されたのに始まり、同年11月には戸畑製造所内に訓練班が設置され、基幹要員としての一定教育・訓練を終えた組合員が家族とともに続々と君津へ転出されていった。
 この大量転勤ぶりをマスコミが「民族の大移動」と呼び、その猛烈ぶりを紹介したのもこの頃であった。
 昭和43年には技術職社員で599名、昭和44年には同918名というように、八幡製鉄所からの転勤者が相次ぎ、主務職転勤者・君津現地採用者・直営人員の増を含めると君津製鐵所で働く人員数は急膨張していった。」
 p282-283 1 困難をきわめる要因充足 (1)第1期拡充の要員計画 ①訓練班設置相次ぐ(昭和43年)
 p282「昭和43年2月の生産委員会(八幡)において、会社は表61に示す昭和43年度君津製鐵所第1高炉関連要員計画として655名にのぼる転勤計画を明らかにした。この計画では6月から9月にかけて毎月100名を超える大量転勤が明らかとなった。」

以上の記載から、調査期間を昭和42年2月~昭和50年12月に設定し、読売新聞(千葉版)マイクロフィルムにて調査。昭和45年4月2日より、連載開始を確認。昭和45年4月15日の記事をもって連載完結が確認できたが、念のため、昭和50年12月まで通覧。以後の記載が無いことを確認。
事前調査事項
(Preliminary research)
地元北九州の図書館で北九州ローカル面や全国の版縮刷・データベースを検索しても該当記事が見当たらなかったので、おそらく千葉版に掲載されていると思われる。
NDC
ジャーナリズム.新聞  (070 9版)
鉄鋼  (564 9版)
労働経済.労働問題  (366 9版)
参考資料
(Reference materials)
新日鉄君津物語 杉浦 明/著 うらべ書房
新日鉄君津労働運動史 第1巻 新日本製鉄君津労働組合15周年記念行事実行委員会運動史編集小委員会/編集 新日本製鉄君津労働組合
キーワード
(Keywords)
新日鉄(シンニッテツ)
君津(キミツ)
八幡製鉄(ヤハタセイテツ)
大移動(ダイイドウ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000140228解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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