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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000133088
提供館
(Library)
鎌倉市中央図書館 (2310107)管理番号
(Control number)
鎌中-201333
事例作成日
(Creation date)
2005年12月17日登録日時
(Registration date)
2013年06月28日 14時27分更新日時
(Last update)
2015年07月03日 10時44分
質問
(Question)
鎌倉ではいつハムが作られたのか。だれが作りはじめて、誰が食べたのか。ドイツ人の参加はあったのか。
回答
(Answer)
◆いつ作られたのか
イギリスから来日したウィリアム・カーチスが、1874年、鎌倉郡川上村(現横浜市戸塚)でハムの製造を始めています。
付近の住民の一人だった富岡周蔵がカーチスからハムを仕入れて大船駅でサンドウイッチを売り始め、のちに自分の会社で作るようになったのが、「鎌倉ハム富岡商会」の始まりです。
以下の経過から、鎌倉でハムが作られたのは、鎌倉に工場が作られた時、一般的には「鎌倉ハム富岡商会」の創業時、1900(明治33)年と考えられます。
(一方で、『鎌倉市史 近代史料編第二』所収の富岡周蔵履歴書には「明治三十八年富岡商会ヲ起シ、鎌倉ハム・ベーコンノ製造販売ヲ開始シ」ともあります。)


◆だれが作り始めたのか。
カーチスからハムづくりの技術を習得したのは富岡周蔵だけではありませんでした。『たべもの起源辞典』(参考資料参照)では、「1882年に齊藤満平は鎌倉ハムを開く端緒となる」とあります。現在まで鎌倉で操業しているのは、「鎌倉ハム富岡商会」です。

◆だれが食べたのか
カーチスは主に横浜居留地に住んでいた外国人たちに売っていたようですが、富岡周蔵は主に大船駅で売るサンドウィッチに用いたようです。

◆ドイツ人の参加はあったのか
調査した資料の中ではドイツとの関係は分かりませんでした。『たべもの起源辞典』の中に、カール・ヤーン、ローマイヤー、ケテル・ブッチングハウスなどが日本の食肉加工に貢献したとありますが、鎌倉ハムに関係あるかどうかは不明です。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
衣住食の習俗  (383 8版)
商業経営.商店  (673 8版)
日本  (291 8版)
参考資料
(Reference materials)
『たべもの起源辞典』 岡田哲 東京堂 2003年 【R383.8】
『神奈川の老舗』 田島武 武蔵野文庫 1969年 【K0 673】
『神奈川のれん物語』 田島武 昭和書院 1971年 【K0 673.7】
「鎌倉ハムの歴史」 雨人生 (「鎌倉」 第1号) 鎌倉右文社 1926年 【K1 051】
『鎌倉なるほど事典』 楠本勝治 三浦勝男 実業之日本社 2002年 【K1 291.3】
『横浜・神奈川さいしょ物語』 NTT出版 1996年 【K0 210.1】
『大船物語』 升本喜年 ホンゴー出版 1988年 【K1 291.34】
鎌倉ハム富岡商会ホームページ ブランドヒストリー  http://www.kamakuraham-tomioka.co.jp/about/story/  (2013年6月確認)
『鎌倉市史 近代史料編 第二』 鎌倉市 吉川弘文館 平成2 【K1 210.1】
キーワード
(Keywords)
鎌倉ハム
鎌倉ハム富岡商会
ハム
食物史
サンドイッチ
大船駅
富岡周蔵 とみおか しゅうぞう
ウィリアム カーチス
ウィリアム カーティス
駅弁
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000133088解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決