このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000129909
提供館
(Library)
豊中市立図書館 (2310050)管理番号
(Control number)
6000004585
事例作成日
(Creation date)
2011/06/15登録日時
(Registration date)
2013年03月30日 00時30分更新日時
(Last update)
2013年04月17日 13時13分
質問
(Question)
豊中市の「勝部(かつべ)」という地名には「部」の字がついているが、これは渡来人に由来するものか。また同じく豊中市の地名である「服部(はっとり)」との関連はあるか。
回答
(Answer)
『新修豊中市史第1巻 通史1』などによると、勝部や服部の地名は渡来系の氏族である秦氏との関わりがある地名であると推察されるとのこと。勝部と服部の直接の関連についての記載は発見できず。
回答プロセス
(Answering process)
『日本歴史地名大系28 大阪府の地名1』(平凡社)を調べると、p268に「勝部村」p269に弥生時代の遺跡である「勝部遺跡」の記載があるが、地名の由来についての記載はなく、慶長10(1605)年の摂津国絵図に名が見えるとあるのみ。またp272「服部村」には弘安3(1280)年の史料に穂積・服(部)両村の名が見えることからこの時点で服部村が存在していたこと、天文2(1533)年の史料に「服部(ハトリ)」と読みがあることの記載があるが、勝部や渡来人との関連についての記載はない。
『角川日本地名大辞典27 大阪府』(角川書店)p308「かつべ」p980「はっとり」にも同様の記載があるのみ。中世・近世の村史については詳しく、また勝部は古くは「かちべ」と呼んだとあるが、文献名等の記載はない。

『わが町の歴史豊中』(文一総合出版)p15「古代国家と豊中」に、豊中付近に残る渡来人関連地名として勝部・服部の名が挙げられており、またp19には『新撰姓氏録』の諸蕃(渡来人)に名のある勝部造(かつべのみやつこ)に従う勝部という部民をもつ名族が勝部を本拠にしていたという説が紹介されている。また服部は渡来人秦氏と関係があるとの説の記載もあり。

さらに『新修豊中市史第1巻 通史1』(豊中市)を調べると、p92-98に、秦氏の渡来説話や豊中市を含む豊嶋郡の秦氏および秦氏と勝部との関係についての詳しい記載があり。これによると、渡来系の出自で勝を姓に持つ氏族と秦氏は関わりが深く、また『新撰姓氏録』では摂津国諸蕃に「勝」という氏族が見え、これが豊中市の勝部と関係するとの推察がある。なおp85「服部連と織部司」には、『新撰姓氏録』摂津国神別に見える、渡来人の伝えた機織りや染色の技術者を率いる服部連(はとりのむらじ)という氏族と豊嶋郡にあたる豊中市服部との関連についての記載があり。
なお『とよなかの史跡巡り』(瀧健三)p109「服部天神宮」によると、豊中市服部元町にあるこの神社の由緒には「服部の地名は秦氏の人々の住む機織部から成り立ったものと思われる」という記述があるとのこと。

このほか、『文学にみる豊中の古迹』(鹿島友治)p62-63には歴史研究家田辺太市郎氏作の「勝部の歴史の歌」の全文があり。田辺太市郎氏の研究は『豊中市勝部史』にまとめられている。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
『わが町の歴史 豊中』小林 茂/著(文一総合出版)
『新修豊中市史 第1巻』豊中市史編さん委員会/編集(豊中市)
『とよなかの史跡巡り』瀧 健三/編集(瀧 健三)
『文学にみる豊中の古迹』鹿島 友治/著(鹿島 友治)
『豊中市勝部史』田辺 太市郎/編
キーワード
(Keywords)
勝部(カツベ)
豊中(トヨナカ)
地名
由来
歴史
服部(ハットリ)
渡来人
秦氏(ハタシ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
一般
登録番号
(Registration number)
1000129909解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決