このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000129882
提供館
(Library)
豊中市立図書館 (2310050)管理番号
(Control number)
6000004161
事例作成日
(Creation date)
2011/05/15登録日時
(Registration date)
2013年03月30日 00時30分更新日時
(Last update)
2016年02月03日 10時30分
質問
(Question)
豊中市にかつて奈良の春日大社の荘園があったと聞いたが、これについて詳しくわかる資料はあるか。
回答
(Answer)
『新修豊中市史第1巻 通史1』などによると、豊中市の北部・中部の大部分は摂関家により12世紀に奈良春日社に寄進され、目代の今西家は戦国時代にも春日社との関係を保ちつつ豊中市域周辺を支配したが、江戸幕府の成立とともに春日社領は解体された。
回答プロセス
(Answering process)
『日本歴史地名大系28 大阪府の地名1』(平凡社)で「豊中市」を調べると、p251に古代の豊中市について、市域最大の庄園は垂水西牧(たるみのにしまき)で、摂関家の庄園であったが寿永2(1183)年に近衛基通によって奈良春日社に寄進されたとあり。垂水西牧についてはp255-260に記載があり。千里川上流域の桜井郷・下流域の六車郷(むぐるまごう、原田郷とも)、天竺川流域の長興寺、千里丘陵の南の榎坂郷(現在の吹田市域を含む)と北の萱野郷(現在の箕面市域)から成り、おおむね現在の豊中市北部・中部は垂水西牧に属していたといえる。

『新修豊中市史第1巻 通史1』(豊中市)第3章「中世前期社会の様相」第1節「牧から荘園へ」には垂水西牧・東牧の成立についての記載のほか、p217-221「垂水西牧・東牧と春日社」で、春日大社の垂水牧支配の始まりについて述べている。またこの章の第4節のp258「垂水西牧榎坂郷」には、代々にわたって春日社の神殿守(かんどのもり)や社家・神人(じにん)を務め、垂水西牧南郷(桜井郷・榎坂郷)の目代でもあった今西家と、今西家に伝わる膨大な史料(今西家文書)から読み取れる中世の榎坂郷についての記載があり。今西家は戦国時代にも春日社との関係を保ちつつ垂水西牧周辺を支配し、太閤検地と江戸幕府の成立で春日社領が解体された後も、地域の有力者として医薬に携わるなどしながら家格を維持した。第4章「中世後期社会の展開」第2節「荘園制支配の再編と村落」第5節「戦国争乱の展開と荘園の解体」にも垂水西牧の動向があり。また『新修豊中市史第7巻 民俗』p228「浜と今西家」には、承平年間(931-938)に俵籐太秀郷(たわらとうたひでさと)が春日社の神々をこの地に勧請して平将門の征討を祈願するとともに、南郷5カ村(垂水・榎坂・穂積・服部・小曽根)を寄進したという南郷春日神社の社伝が紹介されている。

『とよなか歴史・文化財ガイドブック』(豊中市教育委員会)p60には、「春日大社南郷目代今西氏屋敷」「今西氏屋敷外堀跡」の項目があり、現在も今西氏が居住する屋敷地には宝永8(1711)年建築の主屋と延享3(1746)年に春日大社の若宮社殿を移築した南郷春日神社本殿があることと、往時には方2町(約216m四方)あった屋敷地の発掘調査についての記載があり。なおこの発掘調査については『春日大社南郷目代今西氏屋敷 大阪府指定史跡 豊中市文化財調査報告』(豊中市教育委員会)に詳しい。また今西家文書は『春日大社南郷目代今西家文書』本文編・写真編(豊中市教育委員会)にまとめられている。

『小曽根百年』(豊中市立小曽根小学校創立100年記念事業実行委員会)p29には、南郷春日神社について、南郷5ヶ村の産土神であったとの記載と社伝(社記)があり。天正6(1578)年に荒木村重が討たれたのち社納を怠る者が出、また明智光秀と姻戚であったため豊臣秀吉に社領を没収されたが、江戸時代の領主保科家の崇敬を受けて社格を維持したとのこと。p29-30にはその他今西家にまつわる逸話があり。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
『日本歴史地名大系 28‐[1]』(平凡社)
『新修豊中市史 第1巻』豊中市史編さん委員会/編集(豊中市)
『とよなか歴史・文化財ガイドブック』豊中市教育委員会生涯学習推進室地域教育振興課/編集(豊中市教育委員会生涯学習推進室地域教育振興課)
『大阪府指定史跡 春日大社南郷目代今西氏屋敷』豊中市教育委員会/編(豊中市教育委員会)
『春日大社南郷目代今西家文書 本文編』豊中市教育委員会/編集(豊中市教育委員会)
『春日大社南郷目代今西家文書 写真編』豊中市教育委員会/編集(豊中市教育委員会)
『大阪府の歴史散歩 上』大阪府の歴史散歩編集委員会/編(山川出版社)
『とよなかの史跡巡り』瀧 健三/編集(瀧 健三)
『わが町の歴史 豊中』小林 茂/著(文一総合出版)
『豊中たずねある記』鹿島 友治/著(サンケイ新聞生活情報センター)
『小曽根百年』豊中市立小曽根小学校創立100年記念事業実行委員会/編集(豊中市立小曽根小学校創立100年記念事業実行委員会)
キーワード
(Keywords)
豊中(トヨナカ)
歴史
今西家(イマニシケ)
南郷日神社(ナンゴウカスガジンジャ)
垂水西牧(タルミノニシマキ)
荘園
春日大社(カスガタイシャ)
六車郷(ムグルマゴウ)
桜井郷(サクライゴウ)
榎坂郷(エサカゴウ)
史跡
文化財
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
このほか、『大阪府の歴史散歩 上 大阪市・豊能・三島』(山川出版社)p142および『とよなかの史跡巡り 岡町・豊中・刀根山・熊野田・曽根・服部・庄内方面』(瀧健三)p111に今西家屋敷についての記載があり。『わが町の歴史豊中』(文一総合出版)には古代・中世の豊中市域の動向についてわかりやすくまとめられてあり。また『新修豊中市史第7巻 民俗』p241-244および『豊中たずねある記』(鹿島友治)p29には今西家の秘薬についての記載があり。

なお、豊中市のサイトでは史跡のページ http://www.city.toyonaka.osaka.jp/jinken_gakushu/bunkazai/shitei_bunkazai/kinenbutsu/shiseki/shiseki002.html や「とよなか百景」のページ http://www.city.toyonaka.osaka.jp/machi/toshikeikan/hyakei/hattori/imanisitei.html で今西家屋敷が紹介されている。
また今西家屋敷については豊中市教育委員会が「大阪府豊中市所在 春日大社南郷目代今西氏屋敷 -今にいきづく中世荘官屋敷-」というリーフレットを発行しており、市域における垂水西牧の各郷の位置や、「小曽根郷六箇村絵図之写(おぞねごうろっかそんえずのうつし)」(伝1810年)による天竺川以東の豊中市域の絵図、文政6(1823)年に描かれた「南郷今西屋敷絵図」と現在の今西家屋敷の写真、現在の地図と今西氏屋敷の範囲の重ね合わせなどをカラーで見ることができる。

また後日、国立歴史民俗博物館(れきはく)のサイト( http://www.rekihaku.ac.jp/ )にて公開されている
「データベースれきはく」( https://www.rekihaku.ac.jp/doc/t-db-index.html )に、「日本荘園データベース」( https://www.rekihaku.ac.jp/up-cgi/login.pl?p=param/soue/db_param )のあることを教えていただいた。
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
一般
登録番号
(Registration number)
1000129882解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決