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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000129881
提供館
(Library)
豊中市立図書館 (2310050)管理番号
(Control number)
6000004590
事例作成日
(Creation date)
2011/06/15登録日時
(Registration date)
2013年03月30日 00時30分更新日時
(Last update)
2013年04月17日 13時10分
質問
(Question)
豊中市本町の豊中稲荷神社付近に古代の大きな寺院があったと聞いたが、これについてわかる資料はあるか。
回答
(Answer)
『とよなか歴史・文化財ガイドブック』などによると、豊中市本町付近には飛鳥時代後期から平安時代初めにかけて、金寺山廃寺または金寺廃寺、新免廃寺と呼ばれる古代寺院が存在し、「金寺千坊、金寺千軒」と呼ばれるほどに栄えていた。豊中市本町5丁目の金禅寺は、この金寺を前身とする由緒をもっている。
回答プロセス
(Answering process)
『とよなか歴史・文化財ガイドブック』(豊中市教育委員会)を調べると、p24に豊中市本町8丁目の金寺山廃寺(かなでらやまはいじ)説明板の項目があり。飛鳥時代後期から平安時代初め頃の古代寺院の遺跡で、文化10(1813)年頃に寺院の塔の心礎(中心の柱を支える石)が発見されたことで知られるようになった。この心礎は府指定文化財として本町3丁目の看景寺境内に保存されている。なお金寺山廃寺の発掘調査を行ったところ多数の瓦が出土し、市の指定文化財となっている。寺院に関連する遺構の存在は明確ではないものの、付近の地形や出土した瓦の文様などから四天王寺式の伽藍配置を持つ寺院であったと推定されている。またこの遺跡の南には7世紀の古墳である新免宮山古墳群が、西には6~7世紀の大規模集落である本町遺跡が隣接することから、金寺山廃寺もこの地域を本拠地とした豪族の氏寺として建立されたものとの推定もあるとのこと。またp24の「看景寺(かんけいじ、豊中市本町3丁目)」によると同寺には天平年間に行基が開創した金寺千坊(かなでらせんぼう)の1つに淵源を求める寺伝があるとのこと。p25「金禅寺(こんぜんじ、豊中市本町5丁目)」には、寺院の由緒によると天平年中に行基が開創した金寺が前身との記載があり。同じく「豊中稲荷神社」には、同社には摂関家の1つ近衛家が金寺に寺領を寄進し、金寺の鎮守として寺領の守護・五穀豊穣のために稲荷神を勧請したとの由緒があるとあり。なお後述の圓満寺も含めこれらの寺社は全て天正6(1578)年の織田信長の荒木村重攻めでいちど焼失している。

『とよなか探訪』(豊中市教育委員会)p17-18には、金寺山廃寺の簡単な解説のほか、付近の圓満寺(阪急電鉄沿線の七福神めぐりの福禄寿として知られる)と金寺千坊の関連についての記載があり。『とよなか歴史・文化財ガイドブック』p21「圓満寺」(豊中市蛍池東町1丁目)によると、金寺千坊のうちの一宇で、この地方の豪族豊島連(てしまのむらじ)らが氏寺としたとの由緒があるとのこと。

『新修豊中市史第1巻 通史1』(豊中市)p102には、金寺山廃寺は7世紀中ごろに創建され、山田寺式の軒丸瓦を持ち、7世紀後半の瓦は四天王寺と関わるものが多いとあり。p199には、豊中市唯一の確実な古代寺院金寺山廃寺と、その付近の古墳時代以来の集落の関係についての記載があり。
『新修豊中市史第9巻 集落・都市』p46には、「行基伝説と豊中の古寺」として、摂津国における行基の活動と、豊中市域で行基開創の伝説を持つ寺院との関係についての考察があり、金禅寺についての記載もあり。またp16には、金寺山廃寺付近の千里川沿岸地域について、奈良時代までに繁栄した生活地帯を形成しており、「金寺千坊、金寺千軒」と呼ばれた歴史時代を経て、天正6(1578)年の荒木村重の乱で焼失したとの記載があり。
『新修豊中市史第4巻 考古』p431-440に金寺山廃寺発掘調査と出土品についての記載があり。

このほか、『桜井谷郷土史 前編中巻』(豊中市教育研究会)第1章では「中古の史蹟」として金寺千軒と、金寺から見て北東にあたる桜井谷村と金寺の関係などについての記載があり。これによると金寺は南北朝時代から戦乱などでしだいに荒廃していき、ついには織田信長の命を受けた高山右近の焼き打ちにより廃絶したとの伝説があるとのこと。また金寺千軒は北は箕面山、西は六甲山、東南は現在の吹田市域までに散在する寺院の総称で、現存する桜塚の瑞林寺や箕面の龍安寺、神田村の常福寺、昆陽村の行基寺のほか、村の名にのみ残っている佐井寺・石蓮寺・寺内の長興寺などが含まれていたとの記載などがあり。

『大阪府の歴史散歩 上 大阪市・豊能・三島』(山川出版社)p151「金禅寺」、『豊中の伝説と昔話』(鹿島友治)p15「金寺千坊」、『おおいけ 郷土学習資料集』(豊中市立大池小学校)p60「金寺山廃寺」『図説北摂の歴史』(郷土出版社)p96-97および『豊中の史跡たずね描き』(豊中市立教育研究所)p51-54「本町」にも、金寺山廃寺についての記載があり。

また『大阪の石仏』(創元社)p54-56には、貞和5(1349)年の銘のある金禅寺の三十宝篋印塔(重要美術品指定)についての記載があり。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
とよなか歴史・文化財ガイドブック豊中市教育委員会生涯学習推進室地域教育振興課/編集豊中市教育委員会生涯学習推進室地域教育振興課
[『とよなか探訪』史跡マップ編集委員会/編集(豊中市教育委員会)
『新修豊中市史 第1巻』豊中市史編さん委員会/編集(豊中市)
『新修豊中市史 第9巻』豊中市史編さん委員会/編集(豊中市)
『新修豊中市史 第4巻』豊中市史編さん委員会/編集(豊中市)
『大阪府の歴史散歩 上』大阪府の歴史散歩編集委員会/編(山川出版社)
『豊中の史跡たずね描き』福西 茂/著(豊中市立教育研究所)
『おおいけ』豊中市立大池小学校職員一同/編集(豊中市立大池小学校)
『豊中の伝説と昔話』鹿島 友治/著(鹿島 友治)
『櫻井谷郷土史 前編 中巻』松井 重太郎/著
『図説北摂の歴史』(郷土出版社)
キーワード
(Keywords)
金寺山廃寺(カナデラヤマハイジ)
豊中稲荷神社(トヨナカイナリジンジャ)
看景寺(カンケイジ)
金禅寺(コンゼンジ)
金寺廃寺(カナデラハイジ)
新免廃寺(シンメンハイジ)
豊中(トヨナカ)
歴史
金寺千坊(カナデラセンボウ)
金寺千軒(カナデラセンゲン)
行基(ギョウキ)
伝説
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
一般
登録番号
(Registration number)
1000129881解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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