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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000129746
提供館
(Library)
大阪府立中之島図書館 (2120002)管理番号
(Control number)
OSPR13020054
事例作成日
(Creation date)
2013年2月14日登録日時
(Registration date)
2013年03月28日 00時30分更新日時
(Last update)
2013年05月18日 11時28分
質問
(Question)
大正~昭和初期にかけて大阪府立市岡高等女学校の音楽教員だった杉江秀という人物の生没年と姓名の読み方を調べており、手がかりとなる資料をご紹介いただきたいです。
回答
(Answer)


◆生年に関しては、残念ながら、資料はみつかりませんでした。

◆没年に関しては、下記の情報がありました。
・『新聞に見る人物大事典 戦前編 3さ~た』(大空社 1994)
  p.180 昭和18.2.23 「杉江秀氏 〔大阪発〕明治節唱歌の作曲者杉江秀氏(大阪市天王寺區堂ヶ芝町三五)は 廿一日夜心臓病で死去した、享年六十三」

・『聞蔵Ⅱビジュアル(朝日新聞)』「1943年2月24日大阪朝刊4Pの最下段」に「父杉江秀儀豫而病気療養中の処二月廿一日午後八時死去」
・『聞蔵Ⅱビジュアル(朝日新聞)』「1943年2月25日大阪朝刊3P」に「撃ちてし止まむ」の作曲の件で、「一等の栄冠 は老作曲家大阪浪花高女教諭杉江秀(六三)がかちえた ・・・當の作曲者杉江氏は既に亡く、大阪天王寺区堂ヶ芝の自宅ではこの日奇しくも哀しみの告別式が営まれてゐたのだ。・・・」

◆読み方については下記の資料がありました。
・聞蔵Ⅱビジュアル(朝日新聞)より「1928年9月10日東京朝刊7P」に「明治節唱歌作曲當選者」として、「すぎえしう」
・聞蔵Ⅱビジュアル(朝日新聞)より「1928年9月11日東京朝刊7P」に「歌曲入選者正式発表」の記事中に「すぎえしう」
・インターネット上に杉江氏出身の「大阪府立北野中学校創立五十周年祝賀の歌」の楽譜が公開されており、それの英語版に”Composed by Hiizu Sugie(13th)という標記がありました。

*ご参考までに、調査した中で杉江氏に関する記述があったものを下記に挙げておきます。
(大阪府立市岡高等女学校は、1948年4月1日学制改革により大阪府立港高等学校と改称しました。)
・『創立70周年記念誌』(大阪府立港高等学校 1981) 
  p.14 「杉江秀先生『明治節の歌』の作曲に当選 当時たいへん名誉なことと学校あげて感激にひたった。またそれを記念して、朝日会館のステージで在校生全員で歌った。」
  p.69 「旧教職員名簿」の中に「杉江秀 就任年月 大正11.5 退職年月 昭和4.3」の記述がみられる。

・『躍進へつなぐ伝統八十年』(大阪府立港高等学校 1991) 
  p.22 「杉江秀先生、『明治節』の歌の作曲に当選 昭和2年(1927)明治天皇の誕生日である11月3日は明治節と定められた。そして、この明治節の記念の歌が公募され、本校の音楽教諭だった杉江秀先生の作曲が当選。当時は非常に名誉なことと学校あげて感激にひたった。それを記念して朝日会館のステージで在校生全員が歌った。以後、学校行事のたびごとに全員で歌った。」
  p.63 「旧・現教職員名簿」の中に「杉江秀 就任年月 大正11.5 退職年月 昭和4.3」の記述がみられる。

・『北野百年史』(北野百年史刊行会 1973) 
  p.1105 「大阪府立北野中学校 創立五十周年祝賀の歌 杉江秀作曲」の記述と楽譜(日本語)あり。

・『創立110周年』(大阪府立北野高等学校創立110周年記念事業実行委員会 1983.11) 
  p.79 「多梅稚に学んだ生徒のひとり杉江秀(第13回)は東京音楽学校に入り、帰阪後市岡高女(現港高)に長く勤務し、「明治節の歌(亜細亜の東 日出づるところ・・・を作曲する。」

・『北野百二十年』(大阪府立北野高等学校/六稜同窓会創立120周年記念事業委員会 1993) 
  p.122 「11月12日発行の『六稜』第74号は「落成記念号」として、表紙に新校舎の写真を配し、「落成式の歌」や校舎落成に際しての生徒の感慨6編を載せている。「落成式の歌」当選作品は、作歌・塩浜文男(5年生)、作曲・杉江秀(13回)によるものであった。」

これらのもの以外に調査した資料を以下に挙げておきます。
・『昭和物故人名録』(日外アソシエーツ 1983)
・『日本著者名・人名典拠録 2こ~な』(日外アソシエーツ 1989)
・『日本の音楽人名鑑 作曲・指揮編』(音楽之友社 1984) 
・『音楽家人名事典 新訂』(日外アソシエーツ 1996)

・『Anniversary 50th』(大阪府立港高等学校 1961)
・『六稜百三十年』(大阪府立北野高等学校創立130周年記念事業委員会 2003)
・『北野中学の憶い出』(大阪府立北野中学校 1985) 
・『澱江の畔』(六稜四九会卒業五十周年記念誌編集委員会 1986) 
・『創立五十周年』(大阪府立北野中学校六稜同窓会 1933) 
・『創立六十周年』(大阪府立北野中学校六稜同窓会 1944) 
・『浪花 浪花女子創立六十周年記念誌』(浪花金光学園浪花女子高等学校 1986)

・『大阪音楽文化史資料 明治・大正編』(大阪音楽大学 1968)
・『大阪音楽文化史資料 昭和編』(大阪音楽大学 1970) 
・『大阪音楽界の思い出』(大阪音楽大学 1975) 

・『東京芸術大学百年史 東京音楽学校篇 1-2』(音楽之友社 1987-2003)
・『最新名曲解説全集 別巻』(音楽之友社 1982)
・『戦前の作曲家たち』(国立音楽大学附属図書館 1999)

・『日本の作曲家』(富樫康/著 音楽之友社 1956) 
・『総力戦と音楽文化』(戸ノ下達也/編著 青弓社 2008) 
・『音と日本人』(河野保雄/著 芸術現代社 2001) 
・『昭和の作曲家たち 太平洋戦争と音楽』(秋山邦晴/著 みすず書房 2003) 
・『音楽を動員せよ』(戸ノ下達也/著 青弓社 2008)
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
◎『人物レファレンス事典』各編には名前が見つからず。
◎『昭和前期音楽家総覧 下巻』に項目があるが、存命中に刊行された資料のため、生年のみ記載(明治14年生)。姓名の読み仮名なし。
◎『音楽文化新聞』第42号(昭和18年3月)に「故人に輝く栄冠 ”撃ちてし止まむ”の国民歌に杉江秀氏の遺作が入選」という記事が掲載されている模様( http://venus.kcua.ac.jp/databases/ongakubunkashinbun/42.html )。未確認。
◎国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス( http://id.ndl.go.jp/auth/ndla/ )には「スギエ シュウ」と読み仮名が記載されている。生没年は記載なし。
◎大阪音楽大学附属図書館のOPAC( http://opac.daion.ac.jp/csp/ondaiopac/newindex.csp )の典拠標目には、1881年生・1943年没・「スギエ ヒイズ」と記載されている(典拠番号:P00002730)。
NDC
個人伝記  (289 8版)
参考資料
(Reference materials)
新聞に見る人物大事典 戦前編 3さ~た(ページ:180)
創立70周年記念誌(ページ:14,69)
躍進へつなぐ伝統八十年(ページ:22,63)
北野百年史(ページ:1105)
創立110周年 高等学校設立35年記念(ページ:79) (資料番号:10000000524489,請求記号:376.4/488N)
北野百二十年(ページ:122)
六稜WEB Museum 北野の歌 創立50周年記念祝賀の歌『難波御堂の昔より』 (2013/03/22現在) (ホームページ: http://www.rikuryo.or.jp/museum/ )
キーワード
(Keywords)
港高校
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000129746解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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