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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000128931
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼浦-2012-111
事例作成日
(Creation date)
2012年10月21日登録日時
(Registration date)
2013年03月15日 11時45分更新日時
(Last update)
2013年05月14日 14時37分
質問
(Question)
軍艦河内(かわち)について、爆沈されたときの様子などを取材した資料はあるか。できれば1冊ものがよい。
回答
(Answer)
下記資料を提供、紹介した。

「発掘写真ギャラリー 戦艦「河内」爆沈事件;その救難の記録」(『世界の艦船 706』p48-51 海人社 2009.5)
『日本海軍史2 通史 第3編』(海軍歴史保存会 第一法規出版 1995)
『海防艦戦記』(海防艦顕彰会 1982)

『日本海軍の本総解説』(海軍史研究会 自由国民社 1985)

『終戦と帝国艦艇』(福井静夫 光人社 2011)

山本政雄「軍艦爆沈事故と海軍当局の対応—査問会による事故調査の実態とその規則変遷に関する考察—」(「戦史研究年報 9号」(防衛省防衛研究所 2006.3)
回答プロセス
(Answering process)

自館目録を全項目〈河内〉& 書名〈軍艦〉or 書名〈戦艦〉or 書名〈艦船〉で検索するが、該当資料なし。

「海軍」(NDC分類397)の棚を調査する。
『日本海軍の本総解説』(海軍史研究会編 自由国民社 1985)
『終戦と帝国艦艇』(福井静夫 光人社 2011)p193「戦艦陸奥および河内等の如く、火薬庫爆発で大破沈没した艦も、その位置で、戦後さらに解体が企てられた。」の記述のみあり。

インターネットで調査する。
「戦史研究年報 9号」(防衛省防衛研究所 2006.3)の記事に一部だが河内の記述あり。未所蔵だが、防衛研究所のウェブサイトでPDFファイルの記事を閲覧できる。
山本政雄「軍艦爆沈事故と海軍当局の対応—査問会による事故調査の実態とその規則変遷に関する考察—」(PDF形式)
Wikipedia》を〈河内 & 戦艦〉で検索する。 
「1909年4月1日 横須賀海軍工廠にて起工。 1918年(大正7年)7月12日 徳山湾で火薬庫の爆発事故により沈没、621名が殉職」とあり。
「ふるさと探訪 弩級戦艦河内」財団法人周南市ふるさと振興財団作成(山口県)pdf.あり。文末に「取材協力写真提供:徳山地方郷土史研究会 田中賢一」とあり。
http://gokan-furusato.org/community/shunantanbo/pdf(3)/calendar/0712t12.pdf 財団法人周南市ふるさと振興財団 2013/3/7 最終確認)

《CiNii》を〈河内〉で検索する。
「発掘写真ギャラリー 戦艦「河内」爆沈事件;その救難の記録」(『世界の艦船 706』p48-51 海人社 2009.5)

事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
海軍  (397 9版)
参考資料
(Reference materials)
『世界の艦船 706』(海人社 2009.5)

『日本海軍史 2 通史 第3編』(海軍歴史保存会編 第一法規出版 1995)

『海防艦戦記』(海防艦顕彰会 1982)

『日本海軍の本総解説』(海軍史研究会編 自由国民社 1985)

『終戦と帝国艦艇』(福井静夫著 光人社 2011)
山本政雄「軍艦爆沈事故と海軍当局の対応—査問会による事故調査の実態とその規則変遷に関する考察—」(「戦史研究年報 9号」(防衛省防衛研究所 2006.3)
キーワード
(Keywords)
海軍-日本-歴史
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000128931解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決