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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000128772
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-251
事例作成日
(Creation date)
2013年01月26日登録日時
(Registration date)
2013年03月12日 15時55分更新日時
(Last update)
2013年05月31日 13時55分
質問
(Question)
天皇の即位の礼の際に建てる(即位の礼が終わったら壊してしまう)建物をつくる人について知りたい。世襲なのではないか。
回答
(Answer)

質問の建物「大嘗宮」の造営と壊却は、古来悠紀(ゆき)、主基(すき)の両国の人夫が行なってきた(『国史大辞典 8』等)。ただし平成の大嘗祭では「大手建設会社5社が共同で請け負った」(『皇室事典』)とあり。
関連する記述のあった以下の資料を紹介した。

古来の即位の礼(大嘗祭)について
『国史大辞典 8』(吉川弘文館 1987)
 p768〈大嘗宮(だいじょうきゅう)〉の項あり。 「大嘗祭において天皇が神事を行う仮設の殿舎」「大嘗宮は朝堂院の太極殿前の竜尾道南に造営するもので、造営も撤去も悠紀・主基の斎国の人夫によって行なわれた。祭儀の七日前に着工し、二日前に完成させる。工事の前には地鎮祭、完成後には殿祭と門祭が神祇官の中臣・忌部らによって行なわれる。大嘗祭が終るとすぐ辰の日に撤去し、資材や調度は中臣・忌部に賜るのが慣例であった。」(延喜式より)とあり。
『国史大辞典 14』(吉川弘文館 1993)
 p295-296〈悠紀・主基(ゆき・すき)〉の項あり。
「大嘗祭に、神饌料の米・粟を耕作、献上する斎田のことで、悠紀田と主基田の二ヵ所設定するものをいう。また、斎田の属する国郡を悠紀国・主基国といい、大嘗祭の神事を行なう大嘗宮も、悠紀殿・主基殿の二つの神殿からなる。」
「八世紀末の光仁天皇からは、悠紀は東国、主基は西国から選ばれる慣例が定まった。十世紀末の円融天皇以後は、悠紀は近江国に、主基は丹波国または備中国に固定して幕末に至った。」
天武天皇2年(673)から今上天皇平成2年(1990)年までの悠紀国・主基国の一覧あり。
『大嘗祭を考える』(国学院大学院友会編 桜楓社 1990)
 大嘗祭についての歴史的な記述の中に「それではこの大嘗宮を作るところの木を切ったり、草を刈ったりするのはだれかと言いますと、悠紀国、主基国のいわば神人(じんにん)集団なんです。神人というか祭祀集団というか、神役の集団なんです。(中略)つまりそういう悠紀国、主基国の神人団、神役集団というものが、この大嘗宮、新室を作る」(p27)とあり。

平成の即位の礼・大嘗祭について
『皇室事典』(皇室事典編集委員会編著 角川学芸出版 2009)
 p262〈大嘗宮〉の項あり。
「皇居東御苑の旧江戸城本丸跡の広芝に、大手建設会社5社が共同で請け負った。」とあり。具体的な会社名は記載なし。
『即位礼と大嘗祭を読む 現代と王権』(戸村政博著 日本基督教団出版局 1990)
 p103-108「天降る高天原 大嘗宮」の節あり。p104注記に「平成の大嘗祭では、大嘗宮の建設費用だけで約20億円が見込まれている(『読売新聞』1989年4月4日)」とあり。
『読売新聞』(1989年4月4日)には建設業者については記述なし。
『平成大禮要話 即位禮・大嘗祭』(鎌田純一著 錦正社 2003)
 p73-78「斎田点定の儀」の項に、平成の大嘗祭において悠紀国・主基国の決定までの流れについて記述あり。決定によっては、古例、前例により亀卜を使用している。
 p78-81「付 悠紀主基両地方の斎田の決定」の項あり。
「平成の場合、秋田県、大分県とのみ発表され、あと宮内庁より、その斎田、大田主の撰定、耕作、収穫後供納について考慮されたい点などについて両県に事務的に希望したが、その斎田所在の郡町村名、大田主は直前まで明らかにされなかった。」とあり。両田の所在地について記載あり。
 p83「大嘗祭地鎮祭」の項あるが、建築担当者については記載なし。
 p181-184「大嘗宮」の項に、建築材料の産地について記述はあるが、建築担当者については記載なし。
『即位の礼・大嘗祭 ガイドブック』(日本政策研究センター編 ぎょうせい 1990)
 p36-41「大嘗祭に向けて」の項あり。
 「宮中では、八月上旬、大嘗祭の斎場となる皇居東御苑で大嘗宮(悠紀殿・主基殿)の建築にあたり地鎮祭が行なわれる。これにより、本格的に大嘗宮の設営が開始されることとなる」とあり。
 p16「悠紀国・主基国と定められた秋田・大分両県では、民間で大嘗祭を奉祝する「奉祝田」が設定され、田の祭りが行なわれた」とあり、大分県別府市の奉祝田のお田植え祭りの写真あり。
『平成の大礼 毎日グラフ別冊』(毎日グラフ別冊編集部編 毎日新聞社 1991)
 p77-86「闇に浮かぶかがり火の中で」に大嘗祭の様子あり。
 p110-111「大嘗宮」の項あり。全景あり。建築者については記載なし。

回答プロセス
(Answering process)

大嘗祭について書かれた資料で質問の建物の名前「大嘗宮」を特定し、歴史事典を調査した。
また、大嘗祭に関する資料の確認を行った。
 
その他調査資料は以下のとおり。
『家屋文鏡の世界 古代祭祀建築群の構成原理』(池浩三著 相模書房 1983)
『伊勢神宮・大嘗宮建築史論』(林一馬著 中央公論美術出版 2001)

『平成皇室事典』(主婦の友社編 主婦の友社 1999)
『皇室の百科事典』(歴史百科編集部編 新人物往来社 1988)
『岩波天皇・皇室辞典』(原武史編 吉田裕編 岩波書店 2005)
『皇室辞典』(村上重良編 東京堂出版 1980)

建設者についての記述はなし
雑誌記事《MAGAZINEPLUS》を〈大嘗祭 & 週刊〉で検索した結果から
猪瀬直樹「皇室行事の象徴14億円の大嘗宮はなぜ美的でないか」(『週刊ポスト 23(2)』p65 小学館 1991.1.4/11)
谷川健一[ほか]「大嘗祭の5つの?」(『週刊ポスト 22(43)』p66-70 小学館 1990.11.9)
「深夜の秘儀」に天皇霊は降りるか-そこが知りたい「即位の礼・大嘗祭」Q&A」(『週刊朝日 95(46)』p28-33 朝日新聞社 1990.10.26)

その他
『大嘗祭と憲法』(大嘗祭を考える国民有志の会編著 蒼生社 1990)
 p17「昭和天皇の大嘗祭の際に悠紀殿・主基殿が建てられた」ことは記述あり。

事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
系譜.家史.皇室  (288 9版)
日本史  (210 9版)
参考資料
(Reference materials)
『国史大辞典 8』(国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館 1987)
『国史大辞典 14』(国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館 1993)
『大嘗祭を考える』(国学院大学院友会編 桜楓社 1990)
『皇室事典』(皇室事典編集委員会編著 角川学芸出版 2009)
『即位礼と大嘗祭を読む 現代と王権』(戸村政博著 日本基督教団出版局 1990)
『平成大禮要話 即位禮・大嘗祭』(鎌田純一著 錦正社 2003)
『即位の礼・大嘗祭 ガイドブック』(日本政策研究センター編 ぎょうせい 1990)
『平成の大礼 毎日グラフ別冊』(毎日グラフ別冊編集部編 毎日新聞社 1991)
キーワード
(Keywords)
即位式
大嘗祭
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000128772解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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