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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000127717
提供館
(Library)
近畿大学中央図書館 (3310037)管理番号
(Control number)
20130201-2
事例作成日
(Creation date)
2013年02月01日登録日時
(Registration date)
2013年02月01日 14時02分更新日時
(Last update)
2013年10月12日 11時44分
質問
(Question)
向田邦子が野呂邦暢の小説に惚れ込み、彼の全ての作品をドラマ化したいと言ったという逸話を確かめたい。
回答
(Answer)
 資料1~3の文献中に語られるエピソードとして、1980年頃に向田邦子は、文藝春秋編集者の豊田健次に薦められた野呂邦暢の小説 「諫早菖蒲日記」 にすっかり魅了され、熱心にこのテレビドラマ化を企画していた。しかし残念なことに当時の状況が許さず、次善の策として野呂の時代小説の2作目の 「落城記」 の製作を思いつき、自ら総合プロデューサーとなって携わった経緯が述べられている。後に 「諫早菖蒲日記」 のドラマ化にとりかかる心積もりであったが、昭和56年8月22日の突然の航空機墜落事故で向田は帰らぬ人となりついに実現されなかった。質問はこのあたりのいきさつを指していると思われるが、「全ての作品をドラマ化」という記述は見つけられない。
回答プロセス
(Answering process)
◆ Googleなどの検索エンジンを使って、Kw:"向田邦子"&"野呂邦暢"でネットを検索する。この手のエピソードの探索には、実際に作家の作品を読み込んだ読書人による感想や覚書きから手掛かりを見つけるよりほかないと思われる。いくつかの個人ブログの書評記事の中に、向田邦子と野呂邦暢の接点について資料の引用をしながら比較的詳しい事情が紹介されている。

 ・2012-06-18.野呂邦暢と向田邦子 『それぞれの芥川賞 直木賞』より :【本のことあれこれ】since 2004.
 ( http://ameblo.jp/tukinohalumi/entry-11279563121.html  last_access:2013-01-31)
 ・2011-07-19.向田邦子と野呂邦暢 :言葉の泉.本と徒然.
 ( http://blog.goo.ne.jp/rurou_2005/e/ac0c61ae9cc115773079bf69d24215c6  last_access:2013-01-31)
 ・2009-09-10.向田邦子と野呂邦暢との秘話 :獅子ヶ谷書林・日月抄.
 ( http://tsunoyoi18.seesaa.net/article/162175243.html  last_access:2013-01-31)
 ・みずす書房>トピックス:『夕暮の緑の光』.野呂邦暢随筆選《大人の本棚》.岡崎武志編
 ( http://www.msz.co.jp/news/topics/08081.html  last_access:2013-01-31)


◆ 資料1のp.145-164に、「なにかこう、心にしみるような小説ないかしら」という向田の問いかけに応えて、文藝春秋社の「文學界」編集長の豊田健次が野呂邦暢の「諫早菖蒲日記」を薦めて、これに心酔した向田が死の直前の野呂に「落城記」のドラマ原作権の許諾を求めて面識を得るというエピソードが紹介されている。その直後に野呂は42歳で急死し、その後の向田は野呂との約束を果たすべくドラマ製作に奔走するが、『わが愛の城-落城記より-』の完成後にとりかかるはずだった「諫早菖蒲日記」の脚本を手がけることなく向田は台湾で事故死している。

◆ 資料2のp.85-88に、「野呂邦暢と向田邦子」というタイトルで資料1で語られた逸話が再掲されている。

◆ 資料3の『第5章 本当の故郷を求めて』の(p.166-219)には、上記の豊田に薦められて野呂の作品に触れた向田が、作家の文章にすっかり魅了されてしまい、最初に「諫早菖蒲日記」をドラマ化することを試みて、知り合いのTVプロデューサーに話をもちかける顛末が述べられている。しかし時代劇は予算がかかるのと、幕末の話であるにもかかわらず大きな事件も起こらず地味すぎるという理由で誰ものってこなかったとされる。そこで野呂の時代小説の第二作となる「落城記」を先にドラマ化し、自らも総合プロデューサーに名を連ねて製作に取り組んで成功させ、その評判をもとに次に「諫早菖蒲日記」を、今度は自分の脚本で仕上げる目論見であったことが詳しく書かれている。原作権について作者の許諾を得るため豊田を介し、東京で野呂と面会した夜のことやまたその直後のあまりにも早い野呂の訃報に接したこと、野呂の一周忌までに「落城記」をなんとか完成させたいと懸命に取り組む向田の姿などが、当時の関係者のインタビューなどを元に克明に再現されている。

・・・・・引用ここから
「これでやっと野呂さんとの約束が果たせました。これを野呂さんに見ていただけないのが悔しくてたまりません。」
 続いてこれだけは忘れずに付け加えた。
「次は野呂さんの幕末の諫早藩を舞台とした『諫早菖蒲日記』をドラマ化したいと思っています。その時は私の脚本でやりたいと思っています。そのためにはこの作品が成功しないことには話になりませんので、是非、応援してください。私、取材なら何でも受けますので、お願いします」と最後は哀願調となった。記者たちを見方につけておきたかったからだった。
・・・・・引用おわり
(出典 資料3の「向田邦子最後の炎」のp.208-209)


◆ 資料4の第三部(p.145-330)に、「向田邦子 語彙ワールド」として向田邦子の作品に関係した人物・社会・生活・風俗・地名・文化などについての項目が50音順に解説されているが、その中に「野呂邦暢」の項目(p.270-271)が見つかり、以下の様な記述がある。

・・・・・引用ここから
【野呂邦暢 のろくにのぶ】
 (一九三七~一九八〇)本名納所邦暢。小説家。昭和四〇年の『ある男の故郷』が文学界新人賞となった。昭和三〇年代の自衛隊員の日常を描いた『草のつるぎ』で、昭和四八年第七〇回芥川賞を森敦の『月山』とともに受賞。生活や感情の起伏を詳細に描写する作品を描いた。向田は「諫早菖蒲日記」「落城記」等の野呂邦暢の時代小説が大好きで、人柄も敬愛していた。野呂の「落城記」のテレビ化を考え、本人に快諾をもらったが、その一週間後に野呂は心筋梗塞によって急逝してしまう。向田は自ら企画をテレビ局に持ち込み、翌年「わが愛の城」という題名で放映された。「落城記」は野呂の故郷諫早を舞台に、城と運命を共にする城主の娘の物語である。樹齢千年の楠が本丸の横にある。主人公の娘は、私は死んでもこの世から居なくはならない、わたしは楠であると言う。向田自身は、父が職業柄三年ごとに転勤を繰り返していたので、社宅の庭木には愛着が持てず、また、一つの土地に根を張って生きる姿は、自分が持っていないものであった。これが野呂の作品に惹かれた理由である(「楠」)と述べている。  (夜中の薔薇)
・・・・・引用おわり
(出典 資料4の「向田邦子鑑賞事典」のp.270-271


◆ 資料5の全集に、上記資料4の項目の記述にあるエッセイ「楠」(p.15-18)が収載されており、そこに本人の言葉として次のように記される。
 またこのエッセイの部分は、野呂の著書の「落城記」の発刊の際の帯にも引用されている。(関連画像)

・・・・・引用ここから
 「野呂邦暢氏の作品に惹かれたのは、私の持っていないものがみっちりとつまっているからであろう。
 「落城記」は、野呂氏の故郷諫早を舞台に、逃げれば逃げられるにもかかわらず、城と運命を共にする城主の娘の物語である。
   (中 略)
 テレビ化させてくださいとお願いをした。快諾をいただいて一週間目に、野呂氏は急逝された。四十二の若さであった。
 私は生まれてはじめて、テレビ局へ企画を持ち込んだ。我ながらどうかしていると思うほど、本業そっちのけで夢中になった。一回忌を過ぎた頃、「わが愛の城」という題名で十月一日放送と決り、関係者揃って諫早へシナリオ・ハンティングに出かけた。(後略)……。」
・・・・・引用おわり
(出典 資料5の「向田邦子全集 9巻」)


◆ 資料6の向田邦子文庫データベースサイトから「向田邦子 参考文献」を選び、Kw:"野呂邦暢"で検索すると下の論文ほか5件が出てくる。
 ・木原葉子.野呂邦暢とのかかわり.木槿,4.近畿大学文芸学部文学科国文学専攻井上研究室,1995,p.89-91.


◆ 資料7のデータベースサイトから、『わが愛の城-落城記より-』 の詳細データが見つけられる。
 ( http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-18920  last_access:2013-01-31)
落城記(わが愛の城原作)の帯
落城記(わが愛の城原作)の帯
野呂邦暢著.落城記.文藝春秋,1980,227p.の刊行時の帯。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
戯曲  (912 9版)
小説.物語  (913 9版)
評論.エッセイ.随筆  (924 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】.豊田 健次著.それぞれの芥川賞 直木賞.文藝春秋,2004,245p,(文春新書 365).
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004363852-00, ISBN 4166603655 (《本学所蔵 文春新書365》)
【資料2】.豊田 健次著.文士のたたずまい:私の文藝手帖.ランダムハウス講談社,2007,231p.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009204065-00, ISBN 9784270002803 (《本学所蔵 910.264//To83》)
【資料3】.小林 竜雄著.向田邦子最後の炎.中央公論新社,2000,268p,(中公文庫 (724)).
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002951102-00, ISBN 4122037328 (《本学所蔵 文庫新書//こ-39-1》)
【資料4】.井上 謙;神谷 忠孝編著.向田邦子鑑賞事典.2000,翰林書房,445p.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002913705-00, ISBN 4877371087 (《本学所蔵 910.268//Mu27》)
【資料5】.向田 邦子著.「楠」.向田邦子全集:新版 9巻「エッセイ5:夜中の薔薇」.文藝春秋,2009,p.15-18.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010642051-00, ISBN 9784166417605 (《本学所蔵 918.68//Mu27//9》)
【資料6】.実践女子大学.向田邦子文庫:データベース
http://www.jissen.ac.jp/library/mukoda/database.htm  last_access:2013-02-01)
【資料7】.テレビドラマデータベース
http://www.tvdrama-db.com/  last_access:2013-01-31)
【資料8】.野呂邦暢 著. 落城記. 文芸春秋, 1980.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001462252-00
【資料9】.野呂邦暢 著. 諫早菖蒲日記 新装版. 梓書院, 2010.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010871794-00 , ISBN 9784870353787
キーワード
(Keywords)
芥川賞作家
諫早菖蒲日記
落城記
納所邦暢
直木賞作家
幸田邦子
豊田健次
時代小説
テレビドラマ
実践女子大学
遠東航空103便墜落事故
飛行機事故
航空機事故
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介 事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000127717解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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