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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000127321
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-213
事例作成日
(Creation date)
2012年11月25日登録日時
(Registration date)
2013年01月24日 16時23分更新日時
(Last update)
2013年03月19日 15時56分
質問
(Question)
蒲生氏郷(ガモウ ウジサト)の家臣、町野左近(マチノ サコン)について書かれたものを見たい。
蒲生軍団の一人で氏郷に最も信頼されていた人物
回答
(Answer)
 蒲生氏郷の家臣で「町野左近」と呼ばれた人物は「町野幸仍(ユキヨリ)」(文献によっては町野繁仍(シゲヨリ))のようだが、町野幸仍の子幸和(ユキカズ)も「左近」としている文献があることから、この二人について記述のある資料を紹介した。

 戦国期の人名事典や蒲生氏郷に関する資料、また、幸仍が山鹿素行の父を世話したことから、山鹿素行に関する資料などにも記述があった。
人名事典
『戦国人名事典』(阿部猛、西村圭子編 新人物往来社 1987)
 p721〈町野幸和〉(マチノユキカズ)?-1647(?~正保四年)※幸仍の子
 蒲生氏の臣、のち徳川氏の臣。(中略)蒲生氏郷に仕え(後略)」とあり。
 p721〈町野幸仍〉(マチノユキヨリ)1543-1613(天文12~慶長18)
 「蒲生氏の重臣。(中略)氏郷の信任を得て、(後略)」とあり。
『戦国人名辞典』(高柳光寿、松平年一著 吉川弘文館 1984)
 p229〈町野幸和〉「(玄蕃允、長門守)」とあり。
 p230〈町野幸仍〉「(左近)」とあり。参考文献「寛政譜・武家事紀」とあり。
『三百藩家臣人名事典 2』(新人物往来社 1988)
 p92-93〈町野幸和〉の項あり。「蒲生氏郷の家臣の町野幸仍の長男として近江蒲生郡日野町で誕生。通称新三郎。父の幸仍とともに蒲生氏郷に従って天保18年に会津へ入り(以下略)」とある。記述中に「父の左近助幸仍は…」という表現が見られる。

家譜等
『寛政重修諸家譜 18』(続群書類従完成会 1985)
 p209〈町野〉の項に〈幸和〉(ゆきかず)の項あり。
 その父親の項は〈繁仍〉(しげより)(左近)とあり。没年は上記と一緒。
『断家譜 2』(田畑吉正著 斎木一馬,岩沢愿彦校訂 続群書類従完成会 1976)
 p215〈町野〉の項〈繁仍〉に、「左近」の記述あり。
 p215〈町野〉の項〈幸和〉に、「左近 長門守 生江州、仕蒲生氏郷・秀幸、(以下略)」とあり。
『寛永諸家系図伝 14』(斎木一馬〔ほか〕校訂 続群書類従完成会 1992)
 p84〈町野〉の項〈幸仍〉に、「左近」の記述あり。
 p84-87〈町野〉の項〈幸和〉に、「長門守」とあり。〈幸仍〉に比べ、詳細な記述あり。
『干城録 11』(林亮勝校訂 坂本正仁校訂 人間舎 2001)
 p28-33〈町野〉の項に、〈幸和〉〈幸仍〉の名が見られる。
『徳川諸家系譜 1』(斎木一馬校訂 岩沢愿彦校訂 続群書類従完成会 1982)
 p204〈町野氏 三善姓〉の項に、「三男左近繁仍、此子幸和也」とある。
 系図では、〈幸和〉の父は〈幸雄〉「始名左近 町野長門守 或幸長」となっている。
『武家事紀 上』(山鹿素行著 原書房 1982)
 p720(「蒲生氏郷家臣」中)〈町野左近幸仍〉の項あり。「長門守幸和父」との表現あり。

会津関連資料
『会津人物事典 武人編』(小島一男著 歴史春秋出版 1993)
 p306〈町野左近〉「幼時に蒲生家重臣町野備前守の養子となり、長じて蒲生家に仕えて町野左近将監繁仍といった」とあり。
 p310〈町野幸和〉「蒲生の臣で二本松十三万八千石町野左近将監繁仍の長子」とある。

蒲生氏郷関連資料
『蒲生氏郷』(池内昭一著 新人物往来社 1986)
 p199-200〈町野左近将監繁仍〉について記述あり。
『蒲生氏郷 近江・伊勢・会津を駆けぬけた戦国の智将』(横山高治著 創元社 1991)
 p153「譜代の町野左近助に二本松城一万八千石」とある。
 p166「秀吉は、氏郷の死後二日目の文禄4年(1595)2月9日、嫡男、鶴千代に氏郷の遺領九十二万石を嗣がせた」とあり、朱印状に指示のあった十三人の城主の一人として〈町野繁仍〉の名があげられている。
『現代日本文学大系 4 幸田露伴集』(筑摩書房 1971)
 「蒲生氏郷」p250他に〈町野左近将監〉の名があらわれる。人物についての記述もあり。
『氏郷とその時代 蒲生氏郷基礎資料集成』(福島県立博物館編 福島県立博物館 2002)
 p17「蒲生氏郷発給文書」中に「町野左近助」宛てのものあり。
『日本の武将 52 蒲生氏郷』(人物往来社 1967)
 p227表「蒲生氏郷天正十九年重臣構成」中に「町野繁仍」あり。知行:18,000石、支城:二本松城、備考:左近助とあり。 
 p229にも町野繁仍の名があらわれる。
『白河市史資料集 3』(白河市史編さん委員会編 白河市史編さん委員会 1963)
 p1「蒲生飛騨守氏郷書状」の宛先の一人に「町野左近助」あり。

山鹿素行関連資料
『山鹿素行』(人物叢書)(堀勇雄著 新装版 吉川弘文館 1987)
 p11-14 山鹿素行の父貞以(さだもち)が世話になった人物町野幸仍及びその子幸和について記述あり。
『山鹿素行の研究』(中山広司著 神道史学会 1988)
p8-9、p18(注)に町野幸仍について記述あり。
回答プロセス
(Answering process)
戦国期の人名事典を調査し、蒲生氏郷の家臣である「町野」は〈町野幸仍〉〈町野幸和〉2名いることがわかる。

《WHOPLUS》を〈町野幸仍〉で検索したところ、《人物レファレンス事典》の情報がヒット。導かれる事典は上記の『戦国人名事典』『戦国人名辞典』のみ。

家譜等を調べる

蒲生氏郷から探索する

次の資料には記述なし
『史籍集覧 24 武家部 伝記編』(近藤瓶城原編 角田文衛,五来重編 臨川書店 1967)  
 p92-109「蒲生氏郷記」ざっと見るが、〈町野〉〈左近〉〈繁仍〉〈幸和〉の文言は、見あたらなかった。
『奥羽仕置と豊臣政権』(小林清治著 吉川弘文館 2003)索引に〈町野〉なし。
『春嵐 豊太閤もはばかった蒲生氏郷』(山本茂著 東京書房 1959)記述なし。
『蒲生氏郷』(佐竹申伍著 青樹社 1987)

近江(滋賀県)・会津(福島県)から探索する
(会津(福島県))から
『福島県史 22 人物』(福島県編 福島県 1972)
 第1編「人物」の中には質問の人物なし。
 第2編「人名索引」には〈町野右近助繁仍〉〈町野玄蕃助〉〈町野左近〉〈町野左近助〉〈町野繁仍〉〈町の長門守〉〈町野長門守幸和〉の項あり。該当する県史を確認する。
  『福島県史』2巻と3巻は貸出中であったが、返却後確認したところ、名前があがっている程度の記述であった。
『福島県史 8 資料編』(福島県編 臨川書店 1985)
 p844 「天正18-文化6年中新城村小針家駒付役由緒」中に「町左近」の名があわれる。
『福島県史 10上 資料編』(福島県編 臨川書店 1986)
 p4-5「寛永20年8月二本松領目録」に「町野長門守」の名があらわれる。
 p867「文政13年3月田村郡飯豊村領主歴代」に「白川城代町野長門」の名があらわれる。
『福島県史 10下 資料編』(福島県編 臨川書店 1986)
 p7「文禄4年6月会津知行目録」に「町野左近助 重仍」の名があらわれる。
 p8「会津古事伝略記」に「町野長門守殿」とあり。
 p65「文禄4年7月条々」に「町野左近助殿(繁仍)」とあり。

(近江(滋賀県))から
次の資料には記述なし
『滋賀県史 3 中世-近世』(滋賀県編 清文堂出版 1972)
『近江八幡人物伝』(江南良三著 近江八幡市郷土史会 1981)
『郷土歴史人物事典滋賀』(渡辺守順著 第一法規出版 1979)

雑誌記事を探す
『歴史読本 2008年5月』(新人物往来社 2008年5月)
 別冊付録「職豊系城郭見どころ事典」p10〈二本松城〉に、「蒲生郷成、町野繁仍、町野幸和が城代として入れ置かれた」との記述あり。

《国会図書館リサーチナビ》を〈町野繁仍〉〈町野幸仍〉で検索したところ
「山鹿素行とその誕生」(前田, 恒治,前田恒治 著 培風館 1941)がヒットするが県内に所蔵なし。
 「町野幸仍」「幸和繼ぐ 」という項があるもよう(目次情報より)

上記を踏まえ〈山鹿素行〉から探索する
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 9版)
参考資料
(Reference materials)
『戦国人名事典』(阿部猛、西村圭子編 新人物往来社 1987)
『戦国人名辞典』(高柳光寿、松平年一著 吉川弘文館 1984)
『三百藩家臣人名事典 2』(新人物往来社 1988)
『寛政重修諸家譜 18』(続群書類従完成会 1985)
『断家譜 2』(田畑吉正著 斎木一馬,岩沢愿彦校訂 続群書類従完成会 1976)
『寛永諸家系図伝 14』(斎木一馬〔ほか〕校訂 続群書類従完成会 1992)
『干城録 11』(林亮勝校訂 坂本正仁校訂 人間舎 2001)
『徳川諸家系譜 1』(斎木一馬校訂 岩沢愿彦校訂 続群書類従完成会 1982)
『武家事紀 上』(山鹿素行著 原書房 1982)
『会津人物事典 武人編』(小島一男著 歴史春秋出版 1993)
『蒲生氏郷』(池内昭一著 新人物往来社 1986)
『蒲生氏郷 近江・伊勢・会津を駆けぬけた戦国の智将』(横山高治著 創元社 1991)
『現代日本文学大系 4 幸田露伴集』(筑摩書房 1971)
『氏郷とその時代 蒲生氏郷基礎資料集成』(福島県立博物館編 福島県立博物館 2002)
『日本の武将 52 蒲生氏郷』(人物往来社 1967)
『白河市史資料集 3』(白河市史編さん委員会編 白河市史編さん委員会 1963)
『山鹿素行』(人物叢書)(堀勇雄著 新装版 吉川弘文館 1987)
『山鹿素行の研究』(中山広司著 神道史学会 1988)
キーワード
(Keywords)
町野 幸仍(マチノ ユキヨリ)
町野 繁仍(マチノ シゲヨリ)
町野 幸和(マチノ ユキカズ)
蒲生 氏郷(ガモウ ウジサト)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000127321解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決