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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000127020
提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
10-3A-201301-04
事例作成日
(Creation date)
2011年05月18日登録日時
(Registration date)
2013年01月21日 19時41分更新日時
(Last update)
2013年01月26日 09時26分
質問
(Question)
大阪市北区の区域の変遷について知りたい。
回答
(Answer)
 大阪市北区は、北は淀川、東は大川、南は土佐堀川と三方を河川に囲まれ、西は福島区に隣接する約10.33平方キロメートルの区域です。かつては水路で京都や大阪湾とつながり、現在は鉄道で京都方面や神戸方面などにつながる大阪市の北の玄関口に位置しています。
 現在の北区は平成元(1989)年の合区によって誕生したもので、それ以前は、南部の旧北区と北部の旧大淀区とに分かれていました。旧北区は明治12(1879)年の発足。一方、旧大淀区は昭和18(1943)年の発足です。さらに旧北区発足以前にさかのぼると、大坂三郷の時代がありました。そこで、ここでは、大坂三郷の時代から旧北区の発足、大阪市制の施行、旧大淀区の発足を経て合区に至る区域の変遷を年代順に説明します。
 江戸時代の大阪(当時は大坂)は北組・南組・天満組の三組に分かれ、大坂三郷と呼ばれていました。その区域は、現在の本町通以北を北組、以南を南組とし、大川以北を天満組としていました。この天満組が旧北区の前身です。ただし天満組は、大阪天満宮を中心とする大川沿いの地域に、堂島川北岸の曽根崎新地などを加えた地域で、旧北区の南部に過ぎません。また中之島は、天満組ではなく北組に属していました。その一方で、天満組の領域は旧淀川沿いに中之島の下流へとのびており、現在は福島区・此花区・港区・西区に属する安治川両岸の新地が天満組に属していました。
 天満組の北に目を転じると、そこは大坂三郷の外、西成郡の村々でした。大まかにいえば、川崎村、北野村、曽根崎村などが旧北区の北部に、さらにその北の国分寺村、南長柄村、北長柄村、本庄村、光立寺村などが旧大淀区にほぼ該当します。
 慶応4(1868)年5月の大阪府の新設にともない、明治2(1869)年6月、大坂三郷の制度は廃止され、東西南北の四大組制に再編されます。天満組は北大組に改組され、土佐堀川以北(中之島)と大川筋(現在の都島区の一部)が新たに編入されます。その後、明治8(1875)年の大区小区制の実施で北大組は第四大区と改称。さらに明治12(1879)年2月、「区画名称の変更」がおこなわれ、大阪府北区が発足します。そして北区発足から10年後の明治22(1889)年4月、大阪市制の施行により大阪市北区となります。(この時はまだ大阪市には東西南北の4区しかなく、安治川両岸の地域もそのまま北区に属していました。)
 明治30(1897)年4月、第一次市域拡張がおこなわれ、東成・西成両郡の二十八か町村の全部または一部が大阪市に編入されます。北区も、西成郡からは川崎村、北野村、曽根崎村など7つの村の全部または一部を、東成郡からも3つの村の一部を併合して区域を広げます。明治7(1874)年に曽根崎村で開業した大阪停車場(現在のJR大阪駅)は、この第一次市域拡張で大阪市内の駅になりました。
 大正14(1925)年4月には、第二次市域拡張がおこなわれます。大阪市の面積は大幅に増え、それまでの4区制から13区制になります。それまで北区に属していた安治川両岸の地域は、この時、新設された此花区と港区、そして西区に編入されます。
 旧大淀区にあたる地域(西成郡豊崎町、中津町、鷺洲町)が大阪市域に編入されたのも、この第二次市域拡張の時です。西成郡の十町十か村が新たに大阪市に組み入れられ、淀川両岸にまたがる東淀川区と西淀川区が、旧北区の北側に誕生します。(東淀川区は現在の北区本庄西二丁目に、西淀川区も現在の福島区海老江付近に区役所を置くなど、区行政の中心は淀川左岸区域にあったようです。)
 その後、昭和18(1943)年4月に全市的な区の再編成がおこなわれ、大阪市の区の数は22に増えます。この時、東淀川区および西淀川区の淀川左岸区域が分区して生まれたのが大淀区です。
 この再編成によって、北区の区域も変わります。大川左岸(東側)は新設された都島区に編入。また、大淀区と福島区の新設にともなう境界整理のため、町単位(あるいは町の一部分)の分割や編入が相互におこなわれます。
 こうして旧北区と旧大淀区の区域が完成し、この時決まった区域が46年後の合区まで続くことになります。そして、平成元(1989)年2月13日、旧北区と旧大淀区が合区して現在の北区が誕生したのです。
 以上の変遷については、『北区誌』、『北区史』、『大淀区史』、『新修大阪市史 第5巻』、『新北区・中央区の発足 : 大阪市行政区再編成の記録』、『大都市行政区再編成の研究 : 大阪市の事例を中心に』などに詳しく書かれています。『新修大阪市史 第10巻』の付録の「歴史地図」も参考になります。
 ちなみに、大阪市立北図書館は旧大淀区に建っており、昭和59(1984)年の開館当時は大淀図書館という名称でした。けれども平成元(1989)年の合区にともない、名称を北図書館に変更しました。北図書館の蔵書でたまに「大淀」という印が押されているものがあるのは、旧大淀区時代の名残です。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216 9版)
参考資料
(Reference materials)
『北区誌』大阪市北区役所 1955 <当館書誌ID:0000244948>
『北区史』大阪都市協会編 北区制一〇〇周年記念事業実行委員会 1980 <当館書誌ID:0070059801>
『大淀区史』大阪都市協会編 大淀区コミュニティ協会 1988 <当館書誌ID:0000246498>
『新修大阪市史 5巻』新修大阪市史編纂委員会編 大阪市 1991 <当館書誌ID:0000215623>
『新北区・中央区の発足 : 大阪市行政区再編成の記録』大阪市市民局 1990 <当館書誌ID:0000372195>
『大都市行政区再編成の研究 : 大阪市の事例を中心に』竹村保治著 清文堂出版 1996 <当館書誌ID:0000524093>
『新修大阪市史 10巻』新修大阪市史編纂委員会編 大阪市 1996 <当館書誌ID:0000588399>
『西成郡史』西成郡役所編 名著出版 1972 <当館書誌ID:0000246505>
『中津町史』中津共励会 1939 <当館書誌ID:0070080430>
『鷺洲町史』鷺洲町史編纂委員会編 耕文社 1993 <当館書誌ID:0000365988>
『角川日本地名大辞典 27』「角川日本地名大辞典」編纂委員会編 角川書店 1983 <当館書誌ID:0000184865>
『日本歴史地名大系 28-[1] 大阪府の地名 1』平凡社 1986 ISBN 4-582-49028-X<当館書誌ID:0000156512>
キーワード
(Keywords)
大阪府大阪市北区
大淀区
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000127020解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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