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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000126541
提供館
(Library)
国立教育政策研究所教育図書館 (4110014)管理番号
(Control number)
NIER2012067
事例作成日
(Creation date)
2013年01月09日登録日時
(Registration date)
2013年01月09日 17時28分更新日時
(Last update)
2013年01月21日 15時54分
質問
(Question)
明治末期の尋常小学校1年生は、お弁当を学校に持っていっていたかを知りたい。
回答
(Answer)
尋常小学校1年生の授業時間は、明治28年時点で5時間あり、午前・午後ともに授業があったと推測できる。また、佐藤秀夫『学校ことはじめ事典』から、明治33年以降の尋常小学校1年生は弁当を持参していたことも推測できる。

佐藤秀夫『学校ことはじめ事典』p.40「校時」
 明治33年以降に「子どもの弁当持参による昼休みの短縮により(以前は昼食をとりに子どもを帰宅させていた)、60分とは異なる単位の授業コマが増えてきた」という記述がある。
回答プロセス
(Answering process)
1)『教科教育百年史 資料編』(参考文献1) p.62
 明治33年「小学校令施行規則」に、尋常小学校の毎週授業時数はあり
 →午前から午後にかけて授業をおこなっていたかは不明。

2)『学校ことはじめ事典』(参考文献2) p.40「校時」
 明治33年以降に「子どもの弁当持参による昼休みの短縮により(以前は昼食をとりに子どもを帰宅させていた)、
 60分とは異なる単位の授業コマが増えてきた」という記述がある。

3)尋常1年の時間割の明治末期の時間割を検索
・宮本健市郎「近代日本における授業時間割編制論の出現と変遷 : 明治初期から昭和戦前期まで」(参考文献3)
 →休憩時間の定着(p.15)
   1900(明治33)年小学校令改正で体操が必修科目になるとともに、業間体操がなくなり、授業間が休憩時間になった。

   明治33年以降、休憩時間ができたことはわかったが、午前から午後にかけて授業があったかは不明。

・教育研究論文索引、CiNii検索
 →「明治」「弁当」「時間割」等で検索したが、該当するような論文がヒットしない

・Google検索
 →「明治」「尋常小学校」「時間割」で以下の論文がヒット

 滋賀県における明治30年前後の算術教授実践 : 尋常小学校教授細目の考察を通して
 伊藤 真治  滋賀大学教育学部紀要. 1, 教育科学 -(61) (-), 107-116, 2011
  http://ci.nii.ac.jp/naid/40019310066

 p.109に明治28年の尋常小学校1年生の時間割があり、
 尋常1年から4年まで一日5時間が標準、との記述があった。
 他の調査資料からも1時間=45分~60分となっているので、
 5時間は午前と午後に渡って実施されていたと考えられる。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
教育史.事情  (372)
参考資料
(Reference materials)
1)
教科教育百年史
生江義男[ほか]編 ; 奥田真丈監修. -- 資料編. -- 建帛社, 1985
 【当館請求記号】375.02||2||2
2)
学校ことはじめ事典
佐藤秀夫著. -- 小学館, 1987
 【当館請求記号】372.103||2
3)
新教育運動期における授業時間割の改革と編成原理に関する比較社会史的研究 p.6-25
研究代表者宮本健市郎. -- [宮本健市郎], 2008. -- (科学研究費補助金(基盤研究C)研究成果報告書 ; 平成17年度-平成19年度
 【当館請求記号】375||845
キーワード
(Keywords)
明治
弁当持参
昼休み
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000126541解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決