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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000115285
提供館
(Library)
近畿大学中央図書館 (3310037)管理番号
(Control number)
20121205-3
事例作成日
(Creation date)
2012年12月05日登録日時
(Registration date)
2012年12月05日 14時24分更新日時
(Last update)
2012年12月18日 15時11分
質問
(Question)
明治の農学者「津田仙」のことを調べている。彼が日本の通信販売の開祖といわれる由縁を知りたい。
回答
(Answer)
黒住武市著.日本通信販売発達史:明治・大正期の英知に学ぶ.同友館,1993,364p.に氏の略伝と、彼がわが国の通信販売の創始者と目される経緯が詳しく書かれている。
回答プロセス
(Answering process)
◆ JapanKnowledgeを使って百科事典を「津田仙」で検索。日本大百科全書では以下のように記述されている。

 ○ 津田 仙(つだせん)[1837―1908]
 明治初期の西洋農学者。天保(てんぽう)8年7月6日、下総(しもうさ)国(千葉県)佐倉藩士小島善右衛門良親(よしちか)の四男に生まれる。幼名千弥(せんや)、のち仙弥。1851年(嘉永4)桜井家の養子となる。57年(安政4)より江戸に出て蘭(らん)学、英学を学ぶ。61年(文久1)幕臣津田大太郎の婿養子となり、外国奉行(ぶぎょう)通弁に採用される。67年(慶応3)勘定吟味役小野友五郎の随員として福沢諭吉らとともに渡米、西洋農法に感銘を受けて帰国。69年(明治2)築地(つきじ)ホテル館に勤務、71年北海道開拓使嘱託となる。73年ウィーンの万国博覧会に出席、このとき知遇を得たオーストリアの農学者ダニエル・ホイブレンクの説をもとに翌年『農業三事(さんじ)』を著し、花粉媒助などによる米麦の増産法を提唱。大いに喧伝(けんでん)されたが、その効果については当時より賛否があった。75年学農社、76年学農社農学校を設立、同年『農業雑誌』、80年『北海道開拓雑誌』を発刊、西洋農法の普及に努めた。このころキリスト教に入信、青山学院の前身になる学校組織の創設にも関与した。97年以降はいっさいの事業から退き、禁酒・禁煙運動などの社会活動を行った。明治41年4月24日没。女子英学塾(津田塾大学の前身)の創立者津田梅子は仙の次女。[船津 功]

 ……など、但しこれら人名辞典類の記述からは、津田と通信販売を繋げる内容は見つけられない。


◆ Wikipediaの「津田仙」の項目では、
「学農社雑誌局発行の「農業雑誌」で、明治9年(1876年)にアメリカ産トウモロコシの種の通信販売を始め、これが日本で最初の通信販売といわれている。」という一文がある。(参照2012-12-04)


◆ 自館OPACを使って「通信販売」で検索し、資料1の蔵書を見つける。
 この本のまえがきや2章(「わが国通販の創始者・津田仙」 p.15-32)の中で、津田が興した種苗通販についてが詳しく書かれている。

 「わが国の通信販売は,農学者津田仙の発行した『農業雑誌』第1巻第8号に掲げられた種苗通販によって始まった。」(資料1のp.16)

 また、p.27には上記雑誌:明治9(1876)年4月第8号に掲載された「稟告」の写真図版がモノクロで載っている。以下引用。

 「そして,同年4月第8号に,郵便による申込みを受けて商品を送付する通信販売の方法が,「稟告」として明示されているである。
  ここに,わが国最初の通信販売が農業雑誌を媒体としてスタートしたのである。稟告には,
    『わが国在来の玉蜀黍は甘み薄くして良種にあらず,米国の玉蜀黍に比するに大いに劣れり。仍て今般敝社に於て米国良種の玉蜀黍を
    発売す、謹而勇士の諸君に次ぐ。但し一袋郵税共十銭とす,金子御送方御面倒の方は郵便印紙御封入にて御注文被下度候』
 と,郵便による切手送金も認めて,通信販売手法を採用している。」


◆ また資料6は、印刷博物館主催の展覧会『ミリオンセラー誕生へ!―明治・大正の雑誌メディア』 (2008年9月20日~12月7日) のために制作された図録であるが、p.24に 『農業雑誌』 合本(第1~13号) との出品記載があり、上記の第8号巻末の『稟告』のカラー写真が掲載されている。所蔵は、東京大学法学部附属明治新聞雑誌文庫から。キャプションとして以下の記述が見られる。

 「明六社のメンバーであった津田仙が農業結社、学農社を結成し、明六雑誌廃刊の翌年に同社から本誌を創刊した。日本の農業の近代化を推進し、44年にわたり刊行された長寿雑誌である。ちなみに津田仙は津田塾大学創始者の津田梅子の父。
 本誌第8号誌上において、アメリカ産玉蜀黍(トウモロコシ)の種の通信販売をしており(左下写真)、これが日本で初めての通信販売といわれている。」


◆ またCiNiiで検索したところ資料2~4のような伝記が刊行されているのがわかる。資料2には津田仙とその妻初子について1章を設けて説明があるが、上記の通信販売についての記述はない。資料3と4については本学で未所蔵のため確認できない。


◆ また資料7のp.75-76.には、津田の略伝と併せて彼の同時代人3名の著作に伝えられる津田の人物像が詳しく述べられていて興味深いが、わが国農学の先駆者といった記述は見られるが、通信販売について関連づけて述べられてはいない。
事前調査事項
(Preliminary research)
 「通信販売の歴史」でGoogle検索をしたら以下のようなサイトが見つかり、津田の名前とわが国最初の通信販売のエピソードが書かれている。
 ・皆さんは通信販売について知っていますか : 通信販売の歴史について1
 ( http://www.dynamicsearch.net/tsushinhanbainorekishinitsuite1.html  参照2012年-12-05)
NDC
商業経営.商店  (673 9版)
日本  (281 9版)
農業史.事情  (612 9版)
参考資料
(Reference materials)
1.黒住武市著.日本通信販売発達史:明治・大正期の英知に学ぶ.同友館,1993,364p. (《本学所蔵 673.36//Ku78》)
2.山崎孝子著.人物叢書:津田梅子.新装版.吉川弘文館,1988,313p. (《本学所蔵 289.1//Y48》)
3.高崎宗司著.津田仙評伝:もう一つの近代化をめざした人,草風館,2008,204p.
4.都田豊三郎著.津田仙:明治の基督者:伝記・津田仙,大空社,2000,p.229.(伝記叢書 341).
5.青山学院公式サイト:青山学院の歴史『キリスト教教育の礎になった人々:津田仙』
 ( http://www.aoyamagakuin.jp/history/introduction/story.html#tsuda  参照2012-12-05)
6.印刷博物館編著.ミリオンセラー誕生へ! : 明治・大正の雑誌メディア.東京書籍,2008,191p. (《本学所蔵 051//I57》)
7.森 銑三編.明治人物逸話辞典 下巻.東京堂出版,1965,526p. (《本学所蔵 281.08//Me25//下》)
キーワード
(Keywords)
通信販売 通販
広告郵便制度
種苗通販
キリスト者
キリスト教界の三傑
津田梅子
事物起源
津田塾大学
青山学院大学
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
埼玉県立久喜図書館
備考
(Notes)
明治34年1月の「報知新聞」に、日本最初の通信販売の記事が掲載されているそうだが、その新聞記事のコピーがほしい。稲の通信販売であると思われる。
 ( http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000031848  参照2012-12-05)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
学生
登録番号
(Registration number)
1000115285解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
関連ファイル
(Related Files)

津田仙の肖像
津田仙の肖像
《1837-1908》 農業界先覚者。佐倉藩士小島氏の二男で、田安家の津田氏を嗣いだ。慶応年間アメリカに渡航して、既に農事に着目するところがあった。明治6年、オーストリヤにおける万国博覧会を観、8年学農社を設け、9年農事雑誌を発刊し、農業界のために尽くすところが多かったのであるが、報いられるところは極めて少なかった。明治41年4月24日没す、年72。【資料7より】
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