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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000115230
提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
10-3A-201212-01
事例作成日
(Creation date)
2010年06月15日登録日時
(Registration date)
2012年12月03日 15時28分更新日時
(Last update)
2014年09月02日 00時30分
質問
(Question)
古堤(ふるづつみ)道(街道)について知りたい。
回答
(Answer)
 古堤(ふるづつみ)道(街道)は、大阪より生駒山を越えて大和北部に到る道です。奈良道(街道)、大和道(街道)とも呼ばれていました。野田(現都島区の京阪電鉄京橋駅構内)で京街道と分岐し、大和川の右岸沿いに東に進み、大東市中垣内(なかがいと)・竜間を通り生駒山を越えます。
 『鶴見区昔ばなし』によると、野田からの道は、近世初頭には鯰江川右岸を蒲生から今福に入り、ここから南に迂回し、放出・今津を経て中茶屋に向かう道でしたが、1655年に徳庵川(寝屋川)が開設されてからは、その右岸を今福から横堤・諸口を経て徳庵に通じる「徳庵堤」が利用されるようになりました。『大阪市の旧街道と坂道』によると、中茶屋からは寝屋川に沿って諸福・太子田(たいしでん)・赤井と進み、寝屋川と恩智川を越え、御供田(ごくでん)から中垣内で東高野街道(高野街道)を横断します。
 また、『大阪府誌第4編』によると、竜間からの山越えの道は2つに分かれ、右は生駒村に通じ、左は東北に向かい田原(四条畷市)より北倭村(生駒市高山町)に通じます。『大阪府誌4編』によれば、春秋の佳節に際しては四条畷小楠公、野崎観音、生駒山宝山寺に詣でる人々がこの道を使ったようです。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216 9版)
交通史.事情  (682 9版)
参考資料
(Reference materials)
『鶴見区昔ばなし』赤坂敏行著 ローカル通信社 1984 <当館書誌ID:0070117924>
『大阪市の旧街道と坂道』旧街道等調査委員会篇 大阪市土木技術協会 1987 <当館書誌ID:0000250661>
『大阪府誌第4編』大阪府編 思文閣 1970 <当館書誌ID:0000172299>
『大阪の街道』神野清秀著 松籟社 1989 <当館書誌ID:0070001834>
『大阪春秋11号 特集:大阪の道 後編』大阪春秋社 1976 <当館書誌ID:0090012815>
『大阪春秋89号 城東・鶴見』大阪春秋社 1997 <当館書誌ID:0000649852>
『大阪の街道と道標』武藤善一郎 1999 <当館書誌ID:0000780641>
キーワード
(Keywords)
大阪府大阪市鶴見区
古堤街道
古堤道
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000115230解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決