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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000111736
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-134
事例作成日
(Creation date)
2012年07月28日登録日時
(Registration date)
2012年09月24日 11時37分更新日時
(Last update)
2012年11月28日 13時46分
質問
(Question)
多田駿の墓所を知りたい。多田駿は、陸軍軍人、仙台出身、晩年館山に住んだが墓は東京にあるらしい。
回答
(Answer)
多田駿の死亡記事や経歴等は見つかったが、墓所について書かれた資料は見あたらなかった。
調査経過を報告した。
回答プロセス
(Answering process)
墓所についての記述は見あたらなかった。
参考図書の掲載資料を調査する。
『人物レファレンス事典 郷土人物編』(日外アソシエーツ 2008)p1569
 『岩手百科事典』(岩手放送岩手百科事典発行本部編集 岩手放送 1978)
 『宮城県百科事典』(河北新報社宮城県百科事典編集本部編 河北新報社 1982)
 『角川日本姓氏歴史人物大辞典 3 岩手県姓氏歴史人物大辞典』(竹内理三〔ほか〕編纂 角川書店 1998)
 『角川日本姓氏歴史人物大辞典 4 宮城県姓氏家系大辞典』(竹内理三〔ほか〕編纂 角川書店 1994)
『人物レファレンス事典 明治・大正・昭和(戦前)編2(2000-2009)新訂増補』(日外アソシエーツ 2010)p1142-1143 
 『コンサイス日本人名事典 第5版』(上田正昭監修 三省堂 2009)
 『20世紀日本人名事典 そ-わ』(日外アソシエーツ 2004)
 『日本近現代人名辞典』(臼井勝美〔ほか〕編 吉川弘文館 2001)
 『日本陸海軍総合事典 第2版』(秦郁彦編 東京大学出版会 2005)
 『日本歴史大事典 2』(小学館 2000)
『人物レファレンス事典 昭和(戦後)・平成編 新訂増補』(日外アソシエーツ 2003)p1515
 『現代人名情報事典』(平凡社教育産業センター編集・制作 平凡社 1987)
 『「現代日本」朝日人物事典』(朝日新聞社 1990)
 『講談社日本人名大辞典』(上田正昭〔ほか〕監修 講談社 2001)
 『国史大辞典 9』(吉川弘文館 1988)
 『コンサイス日本人名事典 第4版』(上田正昭〔ほか〕監修 三省堂 2001)
 『日本史大事典 4』(平凡社 1993)
 『日本人名大事典 現代』(平凡社 1986)
『近現代日本人物史料情報辞典[1]』(伊藤隆編 季武嘉也編 吉川弘文館 2004)p257-258
  ゲルハルト・クレープス「参謀本部の和平工作 1937-1938」(『日本歴史 411』1982)

伝記を探す
『伝記・評伝全情報 1945-1989 日本・東洋編 下』(日外アソシエーツ 1991)p1361
 『日本軍の研究・指揮官』(原書房 1980)
 『軍人たちの昭和史』(森松俊夫著 図書出版社 1989)p63-80「4 日中親善に邁進 -多田駿(大将)」
 『日本軍の研究・指揮官 上・下』(今井武夫ほか著 原書房 1980)
  
訃報記事を確認する
 『新聞集成昭和編年史 昭和23年度版』(明治大正昭和新聞研究会 明治大正昭和新聞研究会 1985)
   p523「多田駿元陸軍大将」訃報記事あり。自宅住所(館山市)はあるが、墓所の場所はなし。 
 『朝日新聞記事総覧 昭和(戦後)編 別冊 人名索引』(朝日新聞社編 日本図書センター 1986)より以下の新聞にあたる。
  『朝日新聞縮刷版〔復刻版〕 昭和23年9-12月』(日本図書センター)
    12月p38に、「多田駿元陸軍大将(元華北軍司令官)胃ガンのため十六日館山市船形町五六七で死去 六十七歳」とあるのみ。
墓碑・掃苔録を調べる
 『東京掃苔録』(藤浪和子著 八木書店 1973)
 『東京都著名人墳墓略誌』(長谷川芳貞著 雲母書房 1990)
 『芸文家墓所誌』(結城素明著 村田書店 1977)
 『谷中墓地掃苔録 1』(森まゆみ編著 谷根千工房 1989)
雑誌『碑文 創刊号-第16号』(名墓顯彰會 1989-1997)

〈河本大作〉から調べる
  多田駿夫人が河本大作の妹であることが判明したので、河本大作の伝記等にあたると、河本の墓については記述が見つかった。
 『ドゴール 毛沢東 河本大作 世界の根性三人男』(木村武雄著 講談社 1972)
 p243-244「彼(河本大作)の遺骨は分骨して一部は東京郊外多摩墓地に近い東郷寺内に、一部は郷里兵庫県三日月町の明光寺境内に、一部は高野山に埋葬された。(中略)東郷寺では志を共にした同志と尽きぬ思いを話し合っておるに違いない。」とある

〈東郷寺〉を調べる
  多田駿も東郷寺に葬られた可能性を考え、東郷寺について探索するが、記述のある資料は見つからなかった。
『全国寺院名鑑』(全日本仏教会編 全国寺院名鑑刊行会 1969)
『東京市史稿 事項別目次索引』(東京都 1998)
『東京百年史 別巻 年表・索引』(東京都総務局総務部 1979)
『東京百科事典』(東京学芸大学地理学会30周年記念出版専門委員会編集 国土地理協会 1983)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 9版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
多田 駿(タダ ハヤオ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000111736解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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