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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000111573
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-119
事例作成日
(Creation date)
2012年06月29日登録日時
(Registration date)
2012年09月20日 11時52分更新日時
(Last update)
2012年11月28日 13時16分
質問
(Question)
中信という人物について生存年や何をしたのかを知りたい。
出典は「伊呂波字類抄」に「大法師中信」とあった。(『大日本史料 第1編11』東京大学史料編纂所 1989)
回答
(Answer)
中信という人物について、「伊呂波字類抄」以外では「六波羅蜜寺縁起」や「本朝文粋」にも記述があった。中信は空也の弟子。「六波羅蜜寺縁起」の記述について詳しく解説している雑誌論文では没年を「寛弘2年から同9年の間」としている。出生年については、記述のある資料は見つからなかった。「六波羅蜜寺縁起」「本朝文粋」の記述及びそれらをもとに考察している資料を提供した。

『真福寺善本叢刊 第2期 6(史伝部 2) 伝記験記集』(臨川書店 2004)
p632-638 「六波羅蜜寺縁起」の影印が収録されている。

平林盛得著「六波羅蜜寺縁起の検討」(『汲古 50号』p1-18 汲古書院 2006.12)「六波羅蜜寺縁起」の記述について詳細な解説あり。「中信の逝去は寛弘2年から同9年の間」とあり。寛弘2年は1008年 寛弘9年は1012年
 
『国史大系 29下 本朝文粋』(黒板勝美編輯 国史大系編修会編輯 吉川弘文館 1965)
p238「七言暮春於六波羅蜜寺供花会聴講法華経同賦一称南無仏」(慶保胤)に〈中信〉の名あり。
  「夫六波羅蜜寺者空也聖者権興之。中信上人潤色也。」とある。

中信について上記史料の記述をもとに考察している資料
『空也』(ミネルヴァ日本評伝選)(石井義長著 ミネルヴァ書房 2009)
p237-238「中信大法師がどのような僧であったかは、何も伝えられていない。しかし六度、つまり布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智恵の六波羅蜜を行じてこれを寺名とし、ひたすら天台宗の円教を伝えたということは、当然彼が天台僧であったことを示しており、(後略)」この後にも中信について考察あり。
p260-261「本朝文粋」の記述について、現代語訳あり。

『阿弥陀聖空也』(石井義長著 講談社 2003)
p156-157 中信についての考察あり。上記『空也』(ミネルヴァ書房)と似通った記述。同著者。

『浄土の聖者空也』(伊藤唯真編 吉川弘文館 2005)
p119(「六波羅蜜寺と市聖空也」(今堀太逸著)の中)「改号と中信の興隆」に記述あり。
前段には、現在伝わっている六波羅蜜寺の縁起は2つあり、そのうちの1つには「六波羅蜜寺」への改号も空也が行ったと述べられている。

小林盛得「六波羅蜜寺創建考」(『日本歴史 133』p39-56 吉川弘文館 1959.7)
六波羅蜜寺の創建の時期の根拠のひとつとして「伊呂波字類抄」の記述をあげた上で、「中信の経歴については上記以外まったく明らかでないので(後略)」としている。

『一遍辞典』(今井雅晴編 東京堂出版 1989)
p315-317〈六波羅蜜寺〉の項に(p316)開創の時期の3説についての記述中「第三は、(中略)空也没後の貞元2年(977)に大法師中信が堂舎を整備したのが六波羅蜜寺であるという説である(天養元年(1144)成立、橘忠兼『色葉字類抄』、及び「六波羅蜜寺縁起」による)。」とあり。

その他に記述のあった資料
『新修京都叢書 14 山城名勝志』(野間光辰編 臨川書店内新修京都叢書刊行会編著 臨川書店 1994)
p236「以呂波字類抄ニ云六波羅蜜寺(中略)大法師中信(後略)」

『新修京都叢書 21 京都坊目誌』(野間光辰編 臨川書店内新修京都叢書刊行会編著 臨川書店 1995)
p42-〈六波羅蜜寺〉中p43「第二世僧中信に至り。本堂を修営し荘厳を極め。寺号を六波羅蜜寺と改む。」
p45「本朝文粋巻十 (中略)慶保胤夫六波羅蜜寺者空也聖者権興之。中信上人潤色也。(後略)」
p47「以呂波字類抄」に基づく記述。
p48「中信止住之時。依積六度練行之功改為六波羅蜜寺。」とあり。

『古寺巡礼京都 25 六波羅蜜寺』(淡交社 1978)
p92「空也の弟子であり当寺の二世である中信は、当時既に空也によって庶民のものとなりつつあった阿弥陀信仰に、欣求浄土の信仰の型を取り入れ、毎朝法華講を催し、夜は念仏三昧を修し、更に一層伽藍の整備を計り、寺院諸行事に南都北嶺の名徳をも招き、又庶民をもひきつける努力を重ねた。」とあり。

『図説日本の仏教 3 浄土教』(新潮社 1989)
p363〈六波羅蜜寺〉に、「二代目中信が貞元二年(977)に来住、堂舎を修営して天台宗とした。」とある。
回答プロセス
(Answering process)
出典(情報源)「伊呂波字類抄」を確認する。
『日本古典全集 第2期 [10]伊呂波字類抄』(正宗敦夫編 現代思潮社 1978)
p46〈六波羅蜜寺〉の項あり。上記『大日本史料』と同様の記述。

人名事典等を調査するが〈中信〉の記述はなし。
『人物レファレンス事典』(日外アソシエーツ 1983)
《WHOPLUS》(日外アソシエーツ)

〈六波羅蜜寺〉に関する資料を調査したところ〈中信〉に関する記述あり。
『古寺巡礼京都 25 六波羅蜜寺』(前出)
『図説日本の仏教 3 浄土教』(前出)
平林盛得「六波羅蜜寺縁起の検討」(前出)
小林盛得「六波羅蜜寺創建考」(前出)
『一遍辞典』(前出)

六波羅蜜寺のある京都に関する史料集『新修京都叢書』を索引〈中信〉から調査する。
『新修京都叢書 14 山城名勝志』(前出)「伊呂波字類抄」に基づく記述。
『新修京都叢書 21 京都坊目誌』(前出)「本朝文粋」に記述のあることがわかる。

自館目録を〈空也〉で検索した結果から調査した次の資料に〈空也〉に関する記述あり。
『空也』(ミネルヴァ日本評伝選)(前出)
『阿弥陀聖空也』(前出)
『浄土の聖者空也』(前出)

その他調査済み資料は以下のとおり
『空也』(人物叢書)(日本歴史学会編 吉川弘文館 1963)
『真福寺善本叢刊 第2期6(史伝部2) 伝記験記集』(臨川書店 2004)
『浄土仏教の思想 6 新羅の浄土教』(梶山雄一[ほか]編集 講談社 1992)
『古代寺院と仏教』(鶴岡静夫編 名著出版 1989)
『六波羅蜜寺 空也の寺』(今東光[ほか]著 淡交社 1969)

《レファ協DB》を〈中信〉で検索するが該当なし。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
各宗  (188 9版)
参考資料
(Reference materials)
『真福寺善本叢刊 第2期 6(史伝部 2) 伝記験記集』(臨川書店 2004)
平林盛得著「六波羅蜜寺縁起の検討」(『汲古 50号』p1-18 汲古書院 2006.12)
『国史大系 29下 本朝文粋』(黒板勝美編輯 国史大系編修会編輯 吉川弘文館 1965)
『空也』(ミネルヴァ日本評伝選)(石井義長著 ミネルヴァ書房 2009)
『阿弥陀聖空也』(石井義長著 講談社 2003)
『浄土の聖者空也』(伊藤唯真編 吉川弘文館 2005)
小林盛得「六波羅蜜寺創建考」(『日本歴史 133』p39-56 吉川弘文館 1959.7)
『一遍辞典』(今井雅晴編 東京堂出版 1989)
『新修京都叢書 14 山城名勝志』(野間光辰編 臨川書店内新修京都叢書刊行会編著 臨川書店 1994)
『新修京都叢書 21 京都坊目誌』(野間光辰編 臨川書店内新修京都叢書刊行会編著 臨川書店 1995)
『古寺巡礼京都 25 六波羅蜜寺』(淡交社 1978)
『図説日本の仏教 3 浄土教』(新潮社 1989)
キーワード
(Keywords)
中信(チュウシン)
空也(クウヤ)
光勝(コウショウ)
六波羅蜜寺
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000111573解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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