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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000109029
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2011-2066
事例作成日
(Creation date)
2012/06/02登録日時
(Registration date)
2012年07月20日 02時01分更新日時
(Last update)
2012年07月20日 02時01分
質問
(Question)
滋賀県にある鈴鹿峠の読み方とその概要を知りた。
回答
(Answer)
『滋賀県百科事典』によりますと、読み方は「すずかとうげ」で、概要は「滋賀県甲賀郡土山町大字山中と三重県鈴鹿郡関町大字坂下との境にある峠。標高378m。従来の東海道には加太(かぶと)峠など難所も多く、野洲川の北岸にそい鈴鹿にいたる伊勢大路が886年(仁和2)にもうけられて以来都と東国をへだてる東海道の要衝となった。東の箱根の峠とならぶ屈指の難所であるが近江からの登りはゆるやかで三重県側からがけわしい。とくに中世には山賊が横行したためか坂上田村麿の鬼神退治などの伝説が多い。この田村麿をまつる田村明神跡が峠近くにのこるが、後年田村神社として西の土山町の現在地へうつされた。厄除の神として知られる。近世に宿駅制が確立してからは、西に土山宿、東に坂下宿がもうけられ旅人でたいへんなにぎわいだったという。とくに坂下宿の本陣は東海道随一といわれる。1891年(明治24)草津線の全通により峠の機能は低下し、また1929年(昭和4)の国道1号鈴鹿トンネルの開通によって利用されなくなった。現在山中の旧道をとおる人はほとんどいないが一部に石畳ものこり往時のにぎわいをしのばせてくれる。(高山正樹)」とあります。なお、甲賀郡土山町大字山中は現在甲賀市土山町山中に、三重県鈴鹿郡関町大字坂下も亀山市関町坂下になっています。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.427-428

2 京・近江の峠 京都新聞社∥編 京都新聞社 1980年 S-2990- 80 p.158-162

3 近江の峠 伏木貞三∥著 白川書院 1972年 S-2990- 72 p.176-183

4 近江の峠道 木村至宏∥編著 サンライズ出版 2007年 S-2990- 07 p.71-77

5 角川日本地名大辞典 25 「角川日本地名大辞典」編纂委員会∥編 角川書店 1979年 S-2900- 79 p.412

6 滋賀県の地名 平凡社地方資料センター∥編集 平凡社 1991年 S-2900- 91 p.418
キーワード
(Keywords)
鈴鹿峠
地名
東海道
道路
坂上田村麻呂
田村神社
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000109029解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決