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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000108464
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-073
事例作成日
(Creation date)
2012年05月02日登録日時
(Registration date)
2012年07月12日 15時53分更新日時
(Last update)
2012年10月02日 14時34分
質問
(Question)
米津(よねきつ)氏の家紋について、由来・いわれ・どこの地方に多いかを知りたい。
 (棕櫚が使用されているので、南方系なのではないかと思う。)
回答
(Answer)
由来・いわれとどこの地方に多いかの記述があった以下の資料を紹介した。
(1) 由来・いわれ
棕櫚紋についての解説があったもの
『日本紋章学』(沼田頼輔著 人物往来社 1968)
p634-636〈棕櫚〉 棕櫚紋についての詳しい解説あり。
p635「徳川時代になり、大名では米津(よねきつ)氏がこれを用い、麾下の士でもまたこれを用いたものが数家あった。」
p636「棕櫚紋所用姓氏一覧表」に、藤原氏支流米津氏・未勘米津氏あり。
『家紋の由来と美 叢書・ことばの世界』(丹羽基二著 南雲堂 1993)
p44-45〈棕櫚紋〉の解説あり。
p45「東京都東久留米の米津寺(べいしんじ)は、米津氏の氏寺であるが、屋根の甍にこの紋が高々と付いている。丸に十一葉の、葉脈のないもので、とくに「米津棕櫚」といって名高い。」
(2) どこの地方に多いか
地域について記述のあったもの。米津の発祥については諸説あり。
『家紋・旗本八万騎』(高橋賢一著 秋田書店 1976)
p302 〈米津家(よねきづ)〉米津氏についての詳しい解説あり。
「武蔵久喜一万一千石から、のち出羽長瀞(村山郡)一万五千石となった大名米津家の紋は、「米津棕櫚」とよばれ、十一枚葉の棕櫚である。」
「米津氏の出自については諸説あるが、家紋をもっていうならば駿河の富士大宮司家(和爾部氏)の一支族が三河の碧海郡米津に移住して米津になったというのが、一番ぴったりする。(中略)一説に藤原通隆の後裔とするものもある。」
『姓氏家系大辞典 3』(太田亮著 角川書店 1981)
p6537-6538〈米津〉(ヨネツ ヨネキツ コメツ)の項あり。
①清和源氏(三河)家紋十一枚棕櫚葉、五星。②和爾部姓説(駿河)③物部姓説「モン棕櫚葉、釘貫、五星」④藤原姓説「家紋椶梠葉」⑤系図略歴 寛政系譜 後述『寛政重修諸家譜』参照⑥武蔵 埼玉郡久喜陣屋 出典『新編武蔵風土記稿』⑦雑載 「その他、越中等に存す。」
『都道府県別姓氏家紋大事典 西日本編』(千鹿野茂著 柏書房 2004)
p211大阪府 「米津 丸に八枚羽団扇」とあり。 p293兵庫県 「米津 米津棕櫚 藤原氏族」とあり。
『都道府県別姓氏家紋大事典 東日本編』(千鹿野茂著 柏書房 2004)
p595 神奈川県 「米津 米津棕櫚の葉 清源氏」とあり。p859 静岡県 「米津 棕櫚団扇 富士大宮司後裔」とあり。p906 愛知県 「米津 米津棕櫚団扇 富士大宮司後裔」とあり。

「南方が起源なのでは」という疑問については、次の記述を紹介した。
『日本紋章学』(沼田頼輔著 人物往来社 1968)(前出)p634によると、「(棕櫚は)もと外国から伝来したもののように思われるが、一説には九州原産であるともいわれている。」とあり、古くは『枕草子』にも取り上げられ、棕櫚紋が初めて見えたのは『太平記』ともある。
回答プロセス
(Answering process)
回答資料以外に〈棕櫚門〉〈米津氏〉について記述のあった資料は次のとおり。
(1)棕櫚紋
『姓氏・地名・家紋総合事典』(丹羽基二著 新人物往来社 1988)
p469〈棕櫚紋〉に、「〈藤原氏〉米津〈未勘〉米津」とあり。
『家紋の事典』(高澤等著 千鹿野茂監修 東京堂出版 2008)
p157〈棕櫚〉に、「『寛政重修諸家譜』では藤原北家伊周流大森氏の一族で出羽国長瀞藩米津氏」とあり。
『日本家紋大事典』(丹羽基二著 新人物往来社 2008)
p397-398〈棕櫚〉に、「藤原氏系の米津氏」とあり。
『家紋大図鑑』(丹羽基二著 秋田書店 1986)
p348-349〈棕櫚〉に、「藤原氏系の米津氏」とあり。
『寛政重修諸家譜 家紋』新訂(続群書類従完成会 1992)
p259(「家紋の解説」中に)〈棕櫚紋(しゅろもん)〉の項あり。
巻末「姓氏(家名)索引」から該当の巻と本巻の家紋を対照する。
〈米津(藤原)〉22巻p177
〈米津(未勘)〉18巻p216、221-224
未勘 p216に「寛永譜、姓氏の詳ならざるをあつめて未勘と号す」との説明がある。
『寛政重修諸家譜 18』新訂(続群書類従完成会 1985)
p216-219〈米津〉(未勘)の項 末尾に「家紋 十一枚椶櫚葉 五星」とあり。
上記家紋の巻の対応する家紋p185「十一枚椶櫚葉(米津棕櫚)」、p112「五星」
p221-223〈米津〉(田賢~)の項 末尾に「家紋 十一枚悛櫚 五七桐 九曜」
上記家紋の巻の対応する家紋p185「十一枚椶櫚葉(米津棕櫚)」、p4「五七桐」、p1「九曜」         
p224-225〈米津〉(田和~)の項 末尾に「家紋 椶櫚葉」とあり。
上記家紋の巻の対応する家紋p95「椶櫚葉」
『寛政重修諸家譜 22』新訂(続群書類従完成会 1988)
p177-178〈米津〉(藤原 方強~)の項 末尾に「家紋 椶櫚葉」とあり。
上記家紋の巻の対応する家紋p95「椶櫚葉」
(2)米津氏
『国史大辞典 14』(国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館 1993)
p458-459〈米津氏〉(よねきつし)の項あり。
「出羽国長瀞藩主。譜代大名。徳川家康に仕えた米津小太夫政信の四男田政(たまさ)を初代とする。」家紋についての記述なし。
『日本史大事典 6』(平凡社 1994)
p1052〈米津氏〉(よねきつうじ)の項あり。
「近世大名。三河国の出身。」家紋についての記述なし
『新編武蔵風土記稿 [第3期]10 大日本地誌大系16』(蘆田伊人編集校訂 雄山閣 1977)
索引により、〈米津出羽守〉の記述がある以下の箇所を確認するが、家紋に関する記述はなし。
p111下、113下、252下、255上、257下、260下、306上、312上
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
系譜.家史.皇室  (288 9版)
参考資料
(Reference materials)
『日本紋章学』(沼田頼輔著 人物往来社 1968)
『家紋の由来と美 叢書・ことばの世界』(丹羽基二著 南雲堂 1993)
『家紋・旗本八万騎』(高橋賢一著 秋田書店 1976)
『姓氏家系大辞典 3』(太田亮著 角川書店 1981)
『都道府県別姓氏家紋大事典 東日本編』(千鹿野茂著 柏書房 2004)
キーワード
(Keywords)
米津(氏)(ヨネキツ(シ))
紋章
家紋
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000108464解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決