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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000108236
提供館
(Library)
京都市図書館 (2210023)管理番号
(Control number)
右中‐郷土‐52
事例作成日
(Creation date)
2012/03/02登録日時
(Registration date)
2012年07月06日 02時00分更新日時
(Last update)
2012年09月03日 14時17分
質問
(Question)
妙心寺の三門について知りたい。
回答
(Answer)
妙心寺は,京都市右京区花園妙心寺町にある,臨済宗妙心寺派の大本山です。山号は正法山(しょうぼうざん)。花園上皇がこの地にあった離宮を禅寺に改めたもので,開山は上皇の師で京都大徳寺開山 宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)の推薦した関山慧玄(かんざんえげん)です。

三門は「山門」と書かれることもありますが,禅宗寺院では仏殿前の門のことを三門といい,空門・無相門・無作門(無願門)の3つの悟りの境地をあらわす三解脱門の略称で,ここを通って菩提の場に入るとされています。
妙心寺の三門は,応仁の乱後,亀年禅愉(きねんぜんゆ)が住持の時に造営され,現在の三門は,鉄山宗鈍(てつさんそうどん)が家康の支援を得て,慶長4年(1599)に建てられました。五間三戸二階二重門,入母屋造で,左右に山廊がついた禅宗様建築(唐様建築)の建物です。京都の禅宗寺院では東福寺三門,大徳寺三門に続いて古い三門建築で,国の重要文化財に指定されています。
上層には須弥壇が設けられ,中央に観世音菩薩像,向かって右に善財童子,左に月蓋長者が従い,その両側には十六羅漢の各像が安置されています。柱には波や金襴巻,梁には龍と波,鏡天井には雲・楽器・龍・天人・迦陵頻伽 などの彩色画が描かれています。
毎年6月18日には二階上層で山門懺法会(せんぼうえ),7月15日には階下で山門施餓鬼(せがき)会が行われ,山門懺法会の際に一般に公開されています。

【資料2】【資料5】によると,棟梁は同年養源院の現客殿を建てた藤原家次とされています。
また,【資料2】【資料3】【資料7】には,徳川家康の外護によって三門が建てられたと記されています。
三門外観の写真が,【資料1】【資料2】【資料5】【資料6】【資料9】【資料12】(【資料9】【資料12】のみ白黒)に,
上層内部の写真が,【資料2】【資料5】【資料6】(【資料6】のみ白黒)に載っています。
回答プロセス
(Answering process)
●妙心寺に関する資料を調べる。 【資料1】~【資料7】
【資料1】
 p113 “『正法山誌』には「鉄山和尚住山時山門造営始成…于時慶長四年已亥歳三月造営功畢大龍院蔵鉄山録……」と見える。”
【資料2】
 p93 弘治2年(1556)2月から4月にかけて山門の屋根修理が,慶長4年(1599)7月に既存の三門を撤去して現在の三門が新築されたと記されています。
 p96 “三門” 妙心寺三門・大徳寺三門・東福寺三門の規模の比較
          (上層・下層それぞれの桁行・梁行全長・棟高)
【資料5】 
 p172~173 天正6年(1578)~万治3年(1660)における伽藍整備に関する年表
【資料6】 p1 “三門” には,
  “『慶長四年己亥年三月吉辰山門閣造営納下帳』(妙心寺蔵)によって,慶長4年(1599)3月に竣工したことが判明する。同帳によると,三門造営のために金子66枚,銀子3貫708匁1分が調達され,その1部を秀吉夫人が寄進したことが知られる。”とあります。
【資料7】 
 p374 “家康は,鐵山を妙心に永住せしむる一方策として妙心寺山門の造替を成さしめた。”とあり,当時の山門は,かつて太原(たいげん)和尚が寄贈した資材によって建造した簡単な中楼式の物であり,家康の外護を得て今の山門に改造するに至ったと記されています。

●重要文化財であることがわかったので,重要文化財に関する資料を調べる。 【資料8】~【資料9】
【資料9】 p55 “妙心寺”
  昭和10年(1935)解体工事,平成10年(1998)屋部塗装工事が行われたと記されています。

●門に関する資料を調べる。 【資料10】~【資料11】
【資料10】
 p119~120 三門造営に関する逸話として,太原(たいげん)和尚から宋の画僧・牧渓(もっけい)の画3幅と永楽銭50貫文が寄せられ,どちらか良い方一つを妙心寺に,もう一方を大徳寺に寄進すると言ってきたが,僧侶たちが協議の結果,永楽銭を取ることにし,これを基金にして三門の造営に着手した,という話を紹介しています。

●【資料1】【資料3】【資料5】で引用されていた『正法山誌(しょうぼうさんし)』にあたる。
【資料12】 p183~184 “山門” 
   “鐵山和尚住山時。山門造營始成。歳旦作偈曰。…于時慶長四年已亥歳三月造營。…太原和尚在駿州。一時將牧溪畫三幀。…與永樂銭五拾貫文致于妙心。曰二物欲一寄捨於大徳。一寄捨於妙心。…妙心子陪其財本。建山門閣下。…”
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
寺院.僧職  (185 8版)
各宗  (188 8版)
日本の建築  (521 8版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『古寺巡礼京都 10 妙心寺』(淡交社 1977) 図版1,p112~115 “建築 1 三門 重要文化財”
【資料2】『日本古寺美術全集 24 妙心寺』(集英社 1982) 図版2,図版3,p93,96,128,129
【資料3】『妙心寺』(荻須純道編著 東洋文化社 1977) p61~64 “妙心寺三門の建立”,p149~153 “三門”
【資料4】『妙心寺散歩』(竹貫元勝著 霊雲院 2004) p229~230
【資料5】『妙心寺 六百五十年の歩み』(木村静雄著 妙心寺大法会事務局 1984) 図版13,図版14,p172~173,p244~245 
【資料6】『妙心寺大観』(妙心寺大観編集委員会編集 妙心寺派宗務本所 1972) 図版1,図版16,p1 
【資料7】『妙心寺史』(川上孤山著 思文閣出版 1984) p374
【資料8】『国宝・重要文化財大全 12 建造物』(文化庁監修 毎日新聞社 2000) p33  “妙心寺山門”
【資料9】『京都府文化財総合目録 平成12年3月1日現在』(京都府教育委員会 2000) p55 “妙心寺”
【資料10】『京の門』(京都新聞出版センター発行 2006) p118~120 “妙心寺”  
【資料11】『門 京都』(下村泰一著 京都府観光連盟 1967) p143~145 “妙心寺三門” 
【資料12】『正法山誌』(無著道忠著 思文閣 1975) p183~184 “山門” 
キーワード
(Keywords)
妙心寺
三門
山門
寺院建築
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000108236解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決