このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000108221
提供館
(Library)
京都市図書館 (2210023)管理番号
(Control number)
NDL-伏見中央‐3
事例作成日
(Creation date)
2012年4月19日登録日時
(Registration date)
2012年07月05日 02時00分更新日時
(Last update)
2012年07月11日 15時53分
質問
(Question)
1 十石舟・三十石船の成り立ちや歴史を知りたい。
2 十石舟の現在の航路を知りたい。
回答
(Answer)
1 十石舟・三十石船の成り立ちや歴史
 (1) 十石舟について
  【資料1】 慶長16年から同年19年にかけて角倉了以が開削した高瀬川(鴨川の水を利用した京都二条と
        伏見を結ぶ運河)で用いられた。大阪から淀川をさかのぼってきた二十石船・三十石船の積荷を,
         高瀬川と宇治川派流との合流地点である伏見で高瀬舟に積み替え,二条まで運んだ。
         明治3年,「早船」と呼ばれる京~伏見間を往復する客を運ぶ舟としても用いられる。
         明治5年,京都博覧会の開催時に,淀川・高瀬川に見物客のための早船が出現。淀川早船(三十石船)が
        夜間に伏見~淀川間を航行。 明治後期に,琵琶湖疏水の完成,市電の開通にともない高瀬舟は衰退。
         大正9年に約300年の歴史に幕が閉じられた。
  【資料5】 p20 現在は平成10年から観光用に運航を始めた。
  
  【資料1】 p200 高瀬舟についての記述あり。p211~212 十石積舟の略図と明細(図111)あり。
  【資料8】 p709 『和漢船用集』に,京都の高瀬舟についての記述と,高瀬舟が川を下っている絵が
        載っていると記述あり。

 (2) 三十石船について 
  【資料5】 p20 江戸時代初期,伏見と大坂を結ぶ交通機関として宇治川と淀川で運航を開始。最盛期には1日に
        320便近くが往復した。明治時代に,鉄道の発達により廃止。現在は,旅館が運航する観光船で宇治川,
        桂川,木津川の合流近くの淀までを往復している。
  【資料4】 p5 伏見は,高瀬川の開削により,高瀬舟と淀川の過書船との発着地点となり,京都大阪をつなぐ中継
        港的性格を帯びることとなった。p6 「淀川の舟運」の挿絵あり。p34 三十石船についての記述あり。

【資料3】 海船・川船を問わず米三十石相当の積載能力をもつ船の総称。通常は,近世淀川水運を担った過書座
        支配下の過書座船中の人乗せ三十石船または早船三十石と よぶ乗合船をいう。  
  【資料8】 p603 過書船について記述あり。 p604 図14-1,図14-2,図14-3 家書船の系譜となる鎌倉時代~
        戦国時代~江戸時代の船図あり。 p610 表14-2 過書船はいくつかの船の呼称のひとつで,用途や地域
        によって呼称が変わる。
 
2 十石舟の現在の航路
  月桂冠大倉記念館裏乗船場発→三栖閘門下船(見学)→乗船→月桂冠大倉記念館裏乗船場着。

  (参考) 三十石船の現在の航路
   寺田屋浜乗船場 発→三栖閘門下船(見学)→乗船→寺田屋浜乗船場 着。
   【資料7】 表紙写真に,坂本龍馬とお龍のブロンズ像横の三十石船の乗船場が使われている。
回答プロセス
(Answering process)
当館資料を検索する。
・「十石舟」,「三十石船」で【資料5】がヒット。
・上記資料より,十石舟・三十石舟ともに高瀬川に関係する“ふね”であることから,「高瀬川」を検索,
【資料1】【資料9】がヒット。

「高瀬川」「高瀬舟」「十石舟」「三十石船」について,『日本史大事典』を調べる。
・「十石船」の記述は見つからなかった。
・【資料2】 p633に「高瀬川」「高瀬舟」の記述と参考文献に【資料8】が掲載されていた。
・【資料3】 p543に「三十石船」の記述が見つかった。

インターネット検索サイトで,キーワード「十石舟」「伏見 三十石船」を検索する。
・まちづくり会社伏見夢工房がヒット。 http://www.kyoto-fushimi.com/ (2012/6/25最終確認)
・航路や運航スケジュール。 http://kyoto-fushimi-kanko.jp/news19.html (2012/6/25最終確認)。
 なお,十石舟三十舟事業は2012年春の運行からNPO法人伏見観光協会に移管された(「三十石舟」の
表記は,HPのママ)。
・同ページのインデックスから,“伏見について”に伏見略年表,“伏見小話”に淀川三十石船の記述あり。
  http://kyoto-fushimi-kanko.jp/index.html (2012/6/25最終確認)。

次の資料にも同様の記述あり。
1(1) 【資料1】  p226 「第6章 高瀬舟運の推移」,巻末に東高瀬川の実測図あり。
    【資料8】  p691 「第15章 京都大堰川の開削・通船事業と川船」。
 (2) 【資料8】  p631~632 「三-1 伏見船」に,三十石船の繁栄と衰退の記載あり。
    【資料9】  上巻p29 「高瀬舟と船頭」,下巻p54 「伏見と高瀬舟」に角倉了以によって開削された当時の
           様子の記述あり。
    【資料10】 p98 「十石舟」

2   【資料5】 p20 コースの記述,p32 周辺地図。
    【資料6】 伏見散策マップ
    【資料11】 p5~6 地図,p18 十石舟乗船場の説明
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291 8版)
風俗史.民俗誌.民族誌  (382 8版)
内陸水運.運河交通  (684 8版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『京都 高瀬川』(石田孝義著 思文閣出版 2005)
【資料2】『日本史大事典 4』(平凡社 1993)
【資料3】『日本史大事典 6』(平凡社 1994)
【資料4】『京・伏見歴史の旅』(山本正嗣著 山川出版社 2003)
【資料5】『ヴィジュアル百科 週刊京都を歩く 第46号 伏見②』(講談社 2004)
【資料6】パンフレット「十石舟・三十石船の旅」(NPO法人伏見観光協会)
【資料7】『京都THE FUSHIMI 2012年5月号』(伏見プランニングセンター)
【資料8】『近世日本の川船研究 下』(川名登著 日本経済評論社 2005)
【資料9】『高瀬川 上・下』(田中緑紅著 京都を語る会 1959)
【資料10】『京都水ものがたり』(平野圭祐著 淡交社 2003)
【資料11】『京の道探検ブック 3 伏見編』(国土交通省近畿地方整備局 京都国道事務所 2006)
キーワード
(Keywords)
十石舟
三十石船
高瀬舟
高瀬川
京都市伏見区
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000108221解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
Twitter

このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!