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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000106764
提供館
(Library)
山梨県立図書館 (2110005)管理番号
(Control number)
9000007960
事例作成日
(Creation date)
2012年02月10日登録日時
(Registration date)
2012年06月02日 17時49分更新日時
(Last update)
2012年06月02日 17時49分
質問
(Question)
源義光(新羅三郎)の墓所はどこにあるか。
回答
(Answer)
滋賀県大津市の園城寺(おんじょうじ)、通称・三井寺(みいでら)の塔頭法明院の裏山に土饅頭形式の墓所がある。また、神奈川県鎌倉市の大宝寺(たいほうじ)の境内の多福明神社は義光の霊廟といわれ、背後の墓地には義光の墓と伝えられる変形の宝篋印塔があるが、後世のものである。山梨県内では、義光の子の義清が造立した陽谷山正覚寺(北杜市須玉町若神子)が義光の菩提寺として現存し、また義光開基の八日市場(南巨摩郡身延町八日市場)の大聖院に義光山大聖寺殿という位牌が置かれている。
回答プロセス
(Answering process)
1.人物辞典や日本史事典により「源義光」の項を確認するが、墓所の記載はなかった。
・『日本歴史大辞典』第17巻(河出書房新社 1959年)[資料番号0100264571]p240
・『日本人名大事典』第6巻(平凡社 1979年)[資料番号0104501291]p94
・『平安時代史事典』本編・下(古代学協会編 角川書店 1994年)[資料番号0102778487]p2466
・『山梨百科事典』(山梨日日新聞社編・発行 1989年)[資料番号0102029295]→p895「晩年仏道に精進し園城寺金光院を住居とし、念仏を日課として83年の生涯を大往生人として美しく終えたという。」

2.インターネットの検索エンジンで「源義光 墓」のキーワードで検索すると、義光の墓としては、滋賀県大津市の園城寺、神奈川県鎌倉市の大宝寺の2つがあり、それぞれについて地誌により確認した。
・『滋賀県の歴史散歩』上巻(滋賀県歴史散歩編集委員会編 山川出版社 2008年)p63
・『神奈川県の歴史散歩』下巻(神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会編 山川出版社 2005年)→p61(大宝寺の)「裏の墓地には新羅三郎義光の墓と伝える石塔があるが、後世のものである。
・『鎌倉史跡事典』(奥富敬之著 新人物往来社 1997年)→p200「新羅三郎義光の墓(大宝寺)」の写真あり。

3.自館システムにより「源義光」「新羅三郎」のキーワードで検索し、次の資料を確認するが、墓所の記載はなかった。
・「新羅三郎義光:甲斐源氏始祖伝説成立の検討を軸に」(「武田氏研究」第33号(武田氏研究会 2006年1月)[資料番号0201126265]収載)→参考文献の記載あり。

4.3で記載のあった参考文献の『鰍沢町誌』及び住居のあったとされる『須玉町誌』を調査するが墓所の記載はなかった。
・『鰍沢町誌』上巻(鰍沢町誌編さん委員会編 鰍沢町 1996年)[資料番号0103426276]→p308-309に「「甲斐守」源義光」の項あり。義光の甲斐入国は否定的な見解を示し、山梨県内に残る義光伝説は彼が甲斐源氏の始祖と考えられていたところにあると述べている。
・『須玉町史』通史編第1巻(須玉町編集・発行 2002年)[資料番号0103602868]→p246-247「「甲斐源氏の祖」源義光」の項あり、『鰍沢町誌』と同様の見解。

5.武田氏の関係資料を調査。
・『甲州・武田一族衰亡史』(高野賢彦著 新人物往来社 2003年)→p22-27「武田家のルーツ」の項p24「その後、義光は甲州を去って大津の三井寺に住み、大治二(一一二七)年十月二十日に同寺で死去した。享年八十三歳。ただし異説がある。墓地は三井寺の塔頭法明院の裏山にあり、祖父や兄より小振りであるが、土饅頭形式である。法名は「先甲院伝峻尊了大居士」である」「また甲州では子の義清が造立した陽谷山正覚寺(北巨摩郡須玉町)が義光の菩提寺として現存し、また義光開基の八日市場(南巨摩郡中富町)の大聖院に義光山大聖寺殿という位牌が置かれているという。」とあり、「新羅三郎義光の墓(大津市・三井寺)」の写真の掲載あり。
・『甲斐武田一族』(柴辻俊六著 新人物往来社 2005年)→p19「源義光の墓(大津市・園城寺)」の写真の掲載あり。
・『武田信玄伝』(広瀬広一著 歴史図書社 1968年)→p218-219に「義光の事蹟」の項あり、詳しくは大日本史に掲載がある旨記述。「武田氏世系」のp237-238に「第一世 源義光」あり「国志云、法諡先甲院伝峻尊了大居士、若神子村正覚寺に牌子を置く、又河内領八日市場村大聖寺に碑を建て、大聖寺殿と称して象を安置す(云云)。一本系図に墳は三井寺に在りとあり。」
・『武田信玄はどこから来たか:武田騎馬隊の謎を追う』(岩崎正吾編 山梨ふるさと文庫 1996年)[資料番号0103276614]→p127「甲斐源氏の祖、新羅三郎の菩提所、正覚寺(須玉町)」の写真。

6.5で記載のあった『大日本史』を確認。
・『訳註大日本史』第4巻 列伝(大日本史普及会 1964年)[資料番号0100250141]→p373-374に「源義光」の項。「第治二年、卒す」とあるが、墓所に関する記述なし。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 9版)
日本  (291 9版)
参考資料
(Reference materials)
『甲州・武田一族衰亡史』(高野賢彦著 新人物往来社 2003年) (p24)
『甲斐武田一族』(柴辻俊六著 新人物往来社 2005年) (p19)
『武田信玄伝』(広瀬広一著 歴史図書社 1968年) (p218-219)
『滋賀県の歴史散歩』上巻(滋賀県歴史散歩編集委員会編 山川出版社 2008年) (p63
)
『神奈川県の歴史散歩』下巻(神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会編 山川出版社 2005年) (p61)
『鎌倉史跡事典』(奥富敬之著 新人物往来社 1997年) (p200)
キーワード
(Keywords)
源義光
新羅三郎
甲斐源氏
武田氏
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
その他、源義光に関する資料としては次のものがあった。
・『清和源氏の全家系』第2巻 奥羽戦乱と東国源氏(奥富敬之著 新人物往来社 1988年)[資料番号0101410728]p110-123「残忍酷薄の心なきもの:新羅三郎義光」
・『武士の心日本の心:武士道評論集』上巻(高橋富雄著 近藤出版社 1991年)[資料番号0100080324]p263-280「新羅三郎義光」
・『図説韮崎・巨摩の歴史(山梨県の歴史シリーズ)』(萩原三雄監修 郷土出版社 2000年)[資料番号0103528428]→p62-63「甲斐源氏の祖:新羅三郎義光」
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土(武田氏・武田信玄・武田家臣)
質問者区分
(Category of questioner)
図書館
登録番号
(Registration number)
1000106764解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決