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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000105710
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼浦-2012-011
事例作成日
(Creation date)
2011/12/01登録日時
(Registration date)
2012年05月10日 12時29分更新日時
(Last update)
2012年07月31日 17時13分
質問
(Question)
『尼崎市史 2』p119に掲載されている松平家の6代家広、8代忠重について知りたい。
家広は東松山に、忠重は深谷に領地をもらっている。
回答
(Answer)
下記の資料に関連の記述があり、紹介した。
『東松山市の歴史 中』
p4-5「天正18年関東入国当時諸将分封地図」に「松山1万石松平家広」あり。
p6「家康は城分け・知行分けにあたって、松山城は一族庶流の松平家広に与えた。家広は、家康の曾祖父信忠の弟信定の玄孫で、その家は信定が三河国碧海郡桜井に館を置いたので桜井松平家と称された。(略)家広の父の忠正と、家広が幼少の間代わって家を継いだ忠正の弟忠吉と、二代にわたり家康に仕えて軍功があり、家広も五歳にして家を継ぐと家康に仕え、十三歳にして松山城主となったのである。あてがわれた知行高は比企郡などで一万石であった。市域では松山町(松山本郷)が松平家広領となったが、それまで松山町が松山城領の市町(いちまち)の地位を占めてきたことを考えれば当然であった。」とあり。

『三百藩藩主人名事典 1』
p439 「松山藩」〈松平家広〉あり。
「三河国碧海郡桜井に住んだので桜井の松平という。家広は天正五年松平忠正の長子に生まれた。(略)運誉林月道曜西照院と号す。」とあり。
そのほかに、生年月日、父、母、幼名、藩主相続年月日、官位、薨卒年月日・享年の記載あり。

『三百藩藩主人名事典 2』
忠重は、上総佐貫藩主、駿河田中藩主、遠江掛川藩主をつとめたため、3か所に記述あり。
p189-120 「佐貫藩」〈松平忠重〉
「松平忠重の家系は、いわゆる十八松平の一つで、徳川氏が松平姓を称していた三河時代に分家した桜井松平である。(略)」
藩主相続年月日、参考文献(「富津市史 通史」県立・県内未所蔵)の記載あり。
p224-225 「田中藩」〈松平忠重〉
「慶長六年遠江浜松城主松平忠頼の長男として生まれた。同十四年九月忠頼が横死したため城地五万石を没収されたが、翌十五年七月忠重は新たに武蔵深谷において八千石の地を与えられる。(略)」
藩主相続年月日、参考文献(「藤枝市の文化財」県立・県内未所蔵)あり。
p244 「掛川藩」〈松平忠重〉
「慶長六年遠江浜松城主松平忠頼の長男として生まれた。同十四年九月忠頼が横死し、忠重は九歳にして幼いため浜松五万石を没収されたが、翌十五年七月武蔵国深谷において八千石を与えられた。(略)」
生年月日、父、母、正室、子、藩主相続年月日、官位、薨卒年月日・享年、参考文献(『徳川実紀』、『寛政重修諸家譜』、『藩翰譜』)の記載あり。

『桜井物語』
桜井松平家についての資料。家広についての詳しい記述あり。
回答プロセス
(Answering process)
『尼崎市史 2』によると、松平家とは「桜井松平氏」のこと。
p119「天正一八年八月家広は武蔵国松山に一万石の分封地をうけた。もっとも、一万石をもつといっても、それは一大名である徳川氏のもとで分封をうけた家人大名・付庸(ふよう)大名というべきであり、豊臣政権下の公称の独立大名ではなかった。」とあり。
p120「振出しにもどった世子忠重は、慶長一五年(一六一〇)七月武蔵国深谷において八〇〇〇石を与えられて再出発し、かれ一代の間にふたたび四万石の大名にまで返り咲いている。」とあり。

関連の市史等を調査する。
自館目録を全項目〈桜井 & 松平〉で検索する。
自館目録を全項目〈深谷 & 松平〉で検索したが、該当の資料なし。
自館目録を全項目〈東松山 & 松平〉で検索する。
『松平大和守家の研究 結城家八百年の歴史を引き継いで』があるが、桜井松平とは異なる松平家についての資料。
《GeNii》を〈桜井松平〉で検索する。
平野明夫「桜井松平家と東条松平家の所領争い」(『戦国史研究 59』p25-26 東国戦国史研究会 2010.2)があるが、該当の記述はなし。
http://ge.nii.ac.jp/genii/jsp/index.jsp  国立情報学研究所 2011/12/01最終確認)
《埼玉雑索》を〈桜井松平〉〈松平 & 深谷〉〈松平 & 東松山〉〈家広〉〈忠重〉で検索するが、該当資料なし。
《埼玉人物索引》を〈家広〉〈忠重〉〈松平〉で検索するが、該当資料なし。

その他調査済資料は以下のとおり。
『江戸幕府旗本人名事典 3』(小川恭一編著 原書房 1989)
事前調査事項
(Preliminary research)
調査済資料「尼崎市史 2」「深谷市史 上」「東松山市史 資料編3 近世編」
NDC
関東地方  (213 9版)
系譜.家史.皇室  (288 9版)
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
参考資料
(Reference materials)
『東松山市の歴史 中巻』(東松山市市史編さん課編 東松山市 1985)
『三百藩藩主人名事典 1』(藩主人名事典編纂委員会編 新人物往来社 1986)
『三百藩藩主人名事典 2』(藩主人名事典編纂委員会編 新人物往来社 1986)
『桜井物語』(よねやまいちろう著・刊 1998)
キーワード
(Keywords)
松平 家広(マツダイラ イエヒロ)
松平 忠重(マツダイラ タダシゲ)
桜井松平家(サクライ マツダイラケ)
近世-歴史-東松山市
近世-歴史-深谷市
埼玉県-郷土資料
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000105710解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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