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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000104302
提供館
(Library)
沖縄県立図書館 (2110045)管理番号
(Control number)
1000000618
事例作成日
(Creation date)
2012/03/26登録日時
(Registration date)
2012年03月28日 02時00分更新日時
(Last update)
2012年03月28日 02時00分
質問
(Question)
壇の浦の戦いに敗れて、八重山か奄美に渡ったと言われている落ち武者の名前や関係資料について知りたい。
回答
(Answer)
『沖縄大百科事典 下』(沖縄大百科事典刊行事務局、沖縄タイムス社、1983年)
 p412 「平家伝説」の項に「壇ノ浦から落ちのびた平家は屋久島から喜界島へ渡り、そこで3年間滞留、そのあと奄美大島へ移り、平資盛(すけもり)は東・西・屋喜内(やけうち)、有盛(ありもり)は名瀬・笠利、行盛(ゆきもり)は古見・住用(すみよう)の各間切を所領」したとある。また、「現在、加計呂麻諸屯には資盛を祀ったオーチョン神社、浦上には平有盛神社、戸口(竜郷町)には平行盛神社がある」と記述されている。

下記の資料を提供する。

『奄美大島史』(坂口 徳太郎、大和学芸図書株式会社、1977年)
 p114-156 「平氏の没落来島」の項あり。『平家没落由来書』(『平家軍記』)に基づいた考察が記載されている。

『新八重山歴史』(牧野 清 編・刊、1972年)
 p75-77 「大和墓(屋島墓)の遺跡」の項に「八重山諸島には平家の落武者の遺跡(墓)だと伝えられている所が4ヶ所ある。石垣島では川平部落のザンドウの洞窟と、平久保部落のカーラマタの岩窟、桃原のマンゲー岩窟である。与那国島では南帆安原の俗称ハイムトゥの洞窟内である。この4ヶ所はいずれも大和墓または屋島墓あるいは平家墓と呼ばれ、昔は古い人骨の外に、馬の鞍などもあったと言われる。以上の外に竹富島にも、平家の落武者赤山王が漂着して住み着いたという伝えがある。」と記述されている。

『沖縄郷土歴史読本』(神田 精輝、琉球文教図書、1968年)
 p17-18 「平氏の残党と沖縄」に、「石垣島平久保のカーラマタおよび川平のサンドウ、あるいは与那国島字ブサンに、大和墓または屋島墓と称する遺跡があり、平氏上陸の口碑等今に伝わっている。」とある。

『八重山歴史』(喜舎場 永珣、国書刊行会、1975年)
 p75-77 「平家の落武者と八重山」の項あり。
 附録p14 「八重山歴史年表」に「1185(寿永4)年 平家の落武者が石垣島・与那国島に来たる。大和墓(屋島墓)は其の遺跡。」と記述がある。

『琉球百話』(島袋 源一郎、琉球史料研究会、1965年)
 p50-53 「南島に於ける平家の遺跡」に「薩南十島より大島・宮古島・石垣島・与那国島に至る迄平家没落の遺跡がある。…舊察長濱權十郎(資盛の裔と傅ふ)所蔵の古文書等に依れば…建仁二年資盛・時房・經俊・景光・盛經等は口之永良部、七島を経て大島に、淸房・忠綱は益救に、宗親・通正は黒島に遁れ」たとある。また、「八重山石垣島大濱村の北端平久保にも平家上陸の伝説があり、その人々の墓を倭墓またはヤシマ墓と稱して居る」とある。

『琉球歴史の謎とロマン その一』(亀島 靖、環境芸術研究所、2000年)
 p179-181 「南走平家とは源平壇ノ浦の合戦で敗れた平家の残党が、南海の喜界島・奄美大島・琉球国へと落ちのびる集団を指します。」とし、奄美から更に南下して八重山にも及んだ旨が書かれている。

『新琉球王統史 2 察度王・南山と北山』(与並 岳生、新星出版、2005年)
 p100-105 「南走平家が築く」の項に、今帰仁城と平家の関わりについて考察あり。

『高宮良の由来』(前花 哲雄 編・刊、2002年)
 p67-69 「南方への平家の落人達」の項あり。

また、平家来島について疑問を呈している下記の資料も紹介する。

「八重山諸島の平家伝説との倭寇の行跡」(宮良 安彦 著)『沖縄文化研究 28』(法政大学沖縄文化研究所、2002年)p267-289

『平家の琉球上陸説を検証する(改訂)』(山田 盛善 編・刊、2005年)
 平家来島に関する記述のある書籍を比較して意見をまとめている。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
1 沖縄大百科事典 下  沖縄大百科事典刊行事務局∥編 沖縄タイムス社 1983.5 K03/O52/3 p412

2 奄美大島史 坂口 徳太郎∥編著 大和字芸図書株式会社 1977.12 K26/SA28 p114-156

3 新八重山歴史 牧野 清∥著 牧野清 1972.7 K25/MA35 p75-77

4 沖縄郷土歴史読本 神田 精輝∥著 琉球文教図書 1968.2 K201/KA51 p17

5 八重山歴史 喜舎場 永珣∥著 国書刊行会 1975.12 K25/KI55 p75-77、附録p14

6 琉球百話 島袋 源一郎∥著 琉球史料研究会 1965.5 K200.4/SH35 p50-53

7 琉球歴史の謎とロマン その一 亀島 靖∥著 環境芸術研究所 1999.9 K201/KA35/1 p179ー181

8 新琉球王統史 2 察度王・南山と北山 与並 岳生∥著 新星出版 2005.10 K201/Y82/2 p100-105

9 高宮良の由来 前花 哲雄∥著 前花哲雄 2002.11 K24/MA27 p67-69

10 沖縄文化研究 28 法政大学沖縄文化研究所∥編 法政大学沖縄文化研究所 2002.3 K200.5/H91/28 p267-289

11 平家の琉球上陸説を検証する(改訂) 山田 盛善∥著 山田盛善 2005.3 K200.4/Y19 全
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000104302解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決