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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000103675
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼久-2011-095
事例作成日
(Creation date)
2011/12/03登録日時
(Registration date)
2012年03月15日 02時00分更新日時
(Last update)
2012年06月03日 16時19分
質問
(Question)
戦時中(昭和16年頃)の中島飛行機蒲田工場(東京)について、勤務者の作業内容、年齢構成、賃金などを知りたい。
回答
(Answer)
中島飛行機蒲田工場があったという事実が確認できなかった。
調査経過は以下のとおり。

1 中島飛行機関連について調査する。
『中島飛行機の研究』(高橋泰隆著 日本経済評論社 1988)
工場・製作所一覧には蒲田工場はないが、他に数多くの下請けや疎開先工場などがあったらしい。本文にも、蒲田工場の名前はない。

『今だから語る中島飛行機 私の記録・憶い出集』(橋本正次著 1987)
文中に蒲田工場の名前なし。

『中島飛行機物語 ある航空技師の記録』(前川正男著 光人社 1996)
本文・付表部分のいずれにも「蒲田」に関する記述なし。

『大田区史年表』(東京都大田区史編さん委員会編 東京都大田区 1979)
1917(大正6)年(「飛行機研究所(中島飛行機の前身)」設立年)から1946(昭和21)年までの年表を確認したが、中島飛行機に関連する記述なし。

『大田区史』(東京都大田区編 東京都大田区役所 1951)
p955 〈工業〉の項に「主要工場一覧(昭和25年末現在)」があるが、「中島飛行機蒲田工場」の記述なし。

『大田区史 下』(大田区史編さん委員会編 東京都大田区 1996)
p261 「第1節 近代工業の展開」の記述・図表等に「中島飛行機」およびそれに関連する工場等の記述なし。
p484-492「第5節 羽田の東京飛行場」に「中島飛行機」およびそれに関連する工場等の記述なし。
p511-522「第1節 近代工業の展開」の記述・図表等に「中島飛行機」およびそれに関連する工場等の記述なし。
p579-595「第5節 兵器廠としての街」の記述・図表等に「中島飛行機」およびそれに関連する工場等の記述なし。
このほか、中島飛行機解散の1950(昭和25)年までの工業関係の記述に、関連する事項の記述なし。

『全国工場通覧 昭和14年版~16年版』((解題:後藤靖 下谷政弘 日刊工業新聞社刊の複製)柏書房 1993)
関係しそうな工場名なし。
「清水製作所」についても、蒲田にあるのは昭和16年版「金属板製品」の項に1社、「株式会社清水製作所 蒲田区仲六郷2-19 [創]大11年」があるのみ。
中島飛行機および富士飛行機もなし。
「原動機部分品及附属品」の項に「中島飛行機株式会社東京製作所」があるので、飛行機関係部品の工場は本項目と思われるが、項目中の蒲田区所在工場は約40社あり。

『証言・学徒勤労動員 中島飛行機武蔵野製作所に動員された学徒の記録』(武蔵野の空襲と戦争遺跡を記録する会 2003)
武蔵野製作所の記録のため、「蒲田工場」についての記述は見あたらず。
p115「「通年動員」段階における学徒勤労動員」によると、「勤労作業に対しては「賃金」ではなく、「報償金」が払われた。(後略)」とあるが、これは「学徒勤労動員」のため、質問に当てはまらない。
p122「疎開工場について」に武蔵野製作所の疎開工場について記述はあるが、「蒲田工場」の記述はなし。

『東京都学徒勤労動員の研究』(齊藤勉著 のんぶる舎 1999)
付属資料『各工場への動員状況一覧』あり。中島飛行機武蔵製作所、中島飛行機三鷹研究所掲載あり。「蒲田工場」はなし。
p135-153に「中島飛行機武蔵製作所」、p153-156に「中島飛行機三鷹研究所」、p170-178に「中島航空金属」がそれぞれあるが、「蒲田工場」はない。

『地下秘密工場 中島飛行機浅川工場』(斉藤勉著 のんぶる舎 1990)
「蒲田工場」の記述なし。
p181「各製造廠疎開の概要」によると、疎開工場数がわかるが、場所についての記述なし。

『中島飛行機エンジン史』(中川良一 水谷総太郎共著 酣灯社 1985)
機械史中心の内容。
p100-110「中島飛行機エンジン生産史の断面」に、工場の増設等の記述はあるが、「蒲田工場」についての記述なし。

『歴史のなかの中島飛行機』(桂木洋二著 グランプリ出版 2002)
関連記述なし。

『中島飛行機小泉製作所日誌』(松本秀夫著 健友館 1998)
関連記述なし。

2 富士重工業の社史を調査する。
『富士重工業三十年史』(富士重工業株式会社社史編纂委員会編 富士重工業 1984)
p1-52「前史 中島飛行機時代」に「蒲田工場」の記述なし。
p47「中島飛行機が国営化の第一号たる第一軍需工廠に選定された。」
p48「第一軍需工廠における地下・疎開工場は14工場、分散工場は147工場にのぼった。」
上記工場に、「蒲田工場」が含まれるのか、文中に記述はなく不明。
折込図「会社系統図(製作所変遷図)」には、「蒲田工場」の記述なし。
p470-473「年表 中島飛行機時代」には、「蒲田工場」の記述なし。

『六連星はかがやく 富士重工業50年史』(富士重工業株式会社社史編纂委員会編纂 富士重工業 2004)
関連記述なし。

3 中島知久平、中島喜代一について調査する。
自館目録を〈(全項目)中島知久平 or 中島喜代一〉で検索するが記述なし。
『偉人中島知久平秘録』(毛呂正憲編 上毛偉人伝記刊行会 1960)
p126-130「新会社の設立と中島」あり。記述なし。
『巨人中島知久平』(渡部一英著 鳳文書林 1955)p225-286に「第7章 飛行機製作所時代」あり。記述なし。
『中島知久平』(高橋泰隆著 日本経済評論社 2003)記述なし。
『飛行機王・中島知久平』(豊田穣著 講談社 1989)記述なし。

4 航空史を調査する。
『日本航空史 2 昭和前期編』(日本航空協会編 日本航空協会 1975)
p919-935「第四章 大東亜戦争と航空機工業」には記述なし。
p949-950「中島飛行機株式会社」の項には記述なし。

5 富士飛行機について調査する。
『大田区史 下』(大田区史編さん委員会編 東京都大田区 1996)
設立年度当初の情報ではないが、「富士飛行機」に関する記述あり。
p579-595「第5節 兵器廠としての街」の記述に「富士飛行機」の記述あり。
p581-582 軍需会社法に関わる軍需会社指定の会社名に「富士飛行機」の記述あり。
設立年度当初の情報ではないが、「富士飛行機」に関する記述あり。
p579-595「第5節 兵器廠としての街」に「富士飛行機」の名称あり。
p581-582 軍需会社法に関わる軍需会社指定の会社名に「富士飛行機」の記述あり。(ただし、調査指定年度とはやや隔たりがあり。以下関連部引用。)
「第1回の軍需会社指定は昭和19年1月、軍需省・陸軍省・海軍省・運輸通信省告示第1号により航空機関系会社150社にたいして行われた。大森・蒲田両区内に工場を持つ会社で指定を受けたのは、三菱重工業・日立航空機・東京航空機・富士飛行機・日本光学工業・中央工業・日本建設工業・田中航空計器・日本鋼管・日本特殊鋼・特殊製鋼・日立精機・三井精機工業・日本精工・東京芝浦電気・日本内燃機・新潟鉄工所・昭和石油の18社であった。さらに、同年4月、金属・石炭・電力などの軍需産業で第二次指定として424社(このうち大森・蒲田に工場を持つ会社は53社)、さらに12月に109社、計683社が指定された。」
「ちなみに、昭和18年版『東京市蒲田区勢要覧』は、「兵事」「工業」については「軍機ノ秘密ニ付省略」されている。」
「これら軍需工場は、昭和19年8月に軍需省総動員局が発行した「極秘」印のある『防空法施行令第16条ノ4ニ依ル軍需大臣指定工場事業名簿』によりうかがえるが、(中略)この名簿は、題名のとおり、軍需大臣の責任で、防空設備や防空資材の整備および偽装、防弾、分散疎開、転換または応急復旧の実施をすべき工場・事業場明を記した名簿で、都道府県ごとに、会社名・工場名・工場所在地・主要製品名を表記したものである。それによれば、東京都内で掲載された695工場・事業場のうち、大森・蒲田両区内のものは172、都内全数の24.77%を占めている。すなわち都内の四分の一の軍需工場が現大田区内に立地していたわけで、文字どおり「兵器廠としての街」としての景観を示していたといえよう。」
p585-589〈軍需工場かく戦へり〉の項には、いくつかの工場の当時の状況が記されているが、「富士飛行機」に関する記述なし。
p590-591 陸軍兵器行政本部が製作した『主要軍需品製造施設一覧表』(昭和20年8月15日現在)の抜き書きあり。「富士飛行機」の記載なし。

6 インターネット情報
「中島飛行機物語」
主要工場に蒲田なし。
http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/nakajima/naka-cont.html  2011/11/29最終確認) 

「中島飛行機物語 中島飛行機の思い出」より
「永年苦労をともにした明川技師が、菅原、大金、下河君等AT輸送機の設計メンパーに属する人達や、その現場の各関係者を引き抜いて退社し、蒲田に創立された富士飛行機株式会社に行かれた事件は、」とあり、中島飛行機の技師が引き抜かれた記事あり。
http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/nakajima/nakajima-saito/naka37-39.html
2011/11/29最終確認)

「清水製作株式会社」のウェブサイトに、同社の沿革として「弊社は昭和12年8月麻布富士見町36において清水製作所の個人企業にて設立、昭和20年4月蒲田区下丸子町91にて空襲により全焼するまで三菱重工、中島飛行機両社の航空機部品製作に当たる。」との記述あり。
http://www.smzs.co.jp/history1.html  2011/11/12最終確認)

「ビヨンズ株式会社」の沿革より
「1937年5月 初代社長・後藤久男が、東京都大田区で精密部品の機械加工業を創業。株式会社東芝、中島飛行機株式会社の協力工場となる」
http://www.beyonz.com/enkaku.htm  2011/11/12最終確認)

「㈱小松航空機製作所 調査・中間報告書」
「3.2 富士飛行機株式会社 本社工場」「富士飛行機の設立は昭和14年(1939年12月)である。設立当初の本社は東京・蒲田にあった。」
http://www.geocities.jp/ki_warabi/new_page_47.htm  2011/11/12最終確認)
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
航空運輸  (687 9版)
参考資料
(Reference materials)
『中島飛行機の研究』(高橋泰隆著 日本経済評論社 1988)
『中島飛行機物語:ある航空技師の記録』(前川正男 光人社 1996)
『大田区史年表』(東京都大田区史編さん委員会編 東京都大田区 1979)
『大田区史』(東京都大田区編 東京都大田区役所 1951)
『大田区史 下』(大田区史編さん委員会編 東京都大田区 1996)
『全国工場通覧 昭和14年版~16年版(』(解題:後藤靖 下谷政弘 日刊工業新聞社刊の複製)柏書房 1993)
『証言・学徒勤労動員 中島飛行機武蔵野製作所に動員された学徒の記録』(武蔵野の空襲と戦争遺跡を記録する会 2003)
『東京都学徒勤労動員の研究』(齊藤勉著 のんぶる舎 1999)
『地下秘密工場 中島飛行機浅川工場』(斉藤勉著 のんぶる舎 1990)
『中島飛行機エンジン史』(中川良一,水谷総太郎共著 酣灯社 1985)
『歴史のなかの中島飛行機』(桂木洋二著 グランプリ出版 2002)
『中島飛行機小泉製作所日誌』(松本秀夫著 健友館 1998)
『富士重工業三十年史』(富士重工業株式会社社史編纂委員会編 富士重工業 1984)
『六連星はかがやく 富士重工業50年史』(富士重工業株式会社社史編纂委員会編纂 富士重工業 2004)
『偉人中島知久平秘録』(毛呂正憲編 上毛偉人伝記刊行会 1960)
『巨人中島知久平』(渡部一英著 鳳文書林 1955)
『中島知久平』(高橋泰隆著 日本経済評論社 2003)
『飛行機王・中島知久平』(豊田穣著 講談社 1989)
『日本航空史 2 昭和前期編』(日本航空協会編 日本航空協会 1975)
キーワード
(Keywords)
中島飛行機
富士重工業
軍需工場
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000103675解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決