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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000098276
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2011-0823
事例作成日
(Creation date)
2012/11/30登録日時
(Registration date)
2011年12月16日 02時04分更新日時
(Last update)
2013年03月11日 00時30分
質問
(Question)
近江にあった膳所(ぜぜ)城の所在地などのほか、その歴史を知りたい。
回答
(Answer)
『滋賀県百科事典』によりますと、所在地など城の歴史は「1601年(慶長6)、徳川家康が相摸川河口の「膳所崎(ぜぜがさき)」(現、大津市丸の内町、本丸町)に築城させ、大津城を廃城として、同城主戸田一西(かずあき)をうつらせたもの。以後、譜代大名が交替して入封、1651年(慶安4)からは譜代の本多氏の居城となる。初期の城郭は本丸・二の丸・三の丸からなっていたが、1662年(寛文2)本丸・二の丸を合体して本丸(現、膳所城跡公園)、三の丸を二の丸(現、膳所浄水場)と改変。城下町には西ノ庄・木ノ下・膳所・中ノ庄・別保の5カ村をくみこみ、城下を通る東海道沿いに町家(まちや)が形成された。貞享年間(1684~88)には、侍屋敷499軒・町家409軒・寺22軒で、人口3094人。1870年(明治3)廃城となったが、城門は近在の神社に移築され、うち膳所神社・篠津神社(以上、大津市)・鞭崎(むちざき)神社(草津市)の表門は重要文化財。(立川 洋)」とあります。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本の建築  (521 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.438

2 滋賀県中世城郭分布調査報告 9 旧滋賀郡の城 滋賀県教育委員会∥編集 滋賀県教育委員会 1992年 5B-5200-9

3 日本城郭大系 11 新人物往来社 1980年 S-5200- 80 p.294-296

4 定本日本城郭事典 西ケ谷恭弘∥編 秋田書店 2000年 R-5218-ニ

5 近江城郭探訪 滋賀県教育委員会∥編 滋賀県文化財保護協会 2006年 S-2900- 06

6 近江の山城ベスト50を歩く 中井均∥編 サンライズ出版 2006年 S-2900- 06

7 国別城郭・陣屋・要害・台場事典 西ケ谷恭弘∥編 東京堂出版 2002年 R-5218-ニ

8 大津の城 大津市史編さん室∥編 大津市 1985年 S-5211- 85

9 日本城郭辞典 鳥羽正雄∥著 東京堂出版 1995年 R-5218-ト

10 戦国の大津 大津市歴史博物館∥編集 大津市歴史博物館 2007年 S-2411- 07

11 城郭みどころ事典 西国編 西ケ谷恭弘∥編 光武敏郎∥編 東京堂出版 2003年 S-5200- 03

12 大津市埋蔵文化財調査報告書 16 膳所城本丸跡発掘調査報告書 大津市教育委員会∥編集 大津市教育委員会 1990年 5B-2211-16

13 近世の城と城下町 滋賀県文化財保護協会∥編集 滋賀県文化財保護協会 2008年 S-2500- 08
キーワード
(Keywords)
膳所城
城跡
石鹿城
戸田一西
本多氏
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000098276解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決