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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000097862
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2011-0836
事例作成日
(Creation date)
2012/11/30登録日時
(Registration date)
2011年12月16日 02時00分更新日時
(Last update)
2013年03月11日 00時30分
質問
(Question)
近江にあった水口(みなくち)城の所在地などのほか、その歴史を知りたい。
回答
(Answer)
『定本日本城郭事典』によりますと、所在地は「甲賀郡水口町」、別称は「岡山城」、創築年代は「天正十三年、寛永十年」、創建者は「中村一氏、小堀遠州」、形式は「山城、平城」です。城の歴史は「天正十三年(一五八五)中村一氏の築城、三雲城の遺材が用いられた。山頂に本丸、二の丸、三の丸が築かれ、麓の外郭は堀をめぐらし、家臣の屋敷があった。一氏の後、増田長盛、長束正家が城主となった。慶長五年(一六〇〇)正家は上杉征伐に向かう家康を招待し、家康を謀殺しようとしたが、甲賀者の密告で家康は難をまぬがれたという。関ヶ原に正家は敗れ、廃城となった。以上は水口城の前史で、岡山城、水口古城と呼ばれる。寛文九年(一六三二)小堀遠州が、将軍往還の宿舎として新城を築いた。凸字の小規模な城であったが、将軍専用の施設で、かなり作事は入念に行なわれた。築城以来、番城として城代が預かり、正徳三年(一七一三)には秋元但馬守の指図で建物は取り壊された。天和二年(一六八一)加藤嘉明の孫明友が二万石で封じられ、一時、鳥居忠英と交替したが、再封して二万五千石で明治まで相続いた。」とあります。なお、甲賀郡水口町は現在甲賀市水口町になっています。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本の建築  (521 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 定本日本城郭事典 西ケ谷恭弘∥編 秋田書店 2000年 R-5218-ニ p.229

2 日本城郭辞典 鳥羽正雄∥著 東京堂出版 1995年 R-5218-ト

3 国別城郭・陣屋・要害・台場事典 西ケ谷恭弘∥編 東京堂出版 2002年 R-5218-ニ

4 近江の山城ベスト50を歩く 中井均∥編 サンライズ出版 2006年 S-2900- 06

5 近江城郭探訪 滋賀県教育委員会∥編 滋賀県文化財保護協会 2006年 S-2900- 06

6 滋賀県中世城郭分布調査 2 甲賀の城 滋賀県教育委員会∥編 滋賀総合研究所∥編 滋賀県教育委員会 1984年 5B-5200-2

7 日本城郭大系 11 新人物往来社 1980年 S-5200- 80 p.283-284

8 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.701
キーワード
(Keywords)
水口城
城跡
岡山城
中村一氏
小堀遠州
小堀政一
加藤氏
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000097862解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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