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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000097741
提供館
(Library)
山形県立図書館 (2110039)管理番号
(Control number)
2009-0055
事例作成日
(Creation date)
2011年12月14日登録日時
(Registration date)
2011年12月14日 14時25分更新日時
(Last update)
2011年12月21日 17時00分
質問
(Question)
庄内藩知事 酒井忠宝(庄内藩主14代目)の官位履歴(任官日)が知りたい。
回答
(Answer)
庄内藩知事 酒井忠宝の官位履歴(任官日)は次のとおりです。

資料① P109      明治2年6月15日 磐城平藩知事に任命される。 
      P131~132 明治2年7月24日 荘内藩知事に任命される。 
              (明治2年9月29日 荘内藩を大泉藩と改称する旨布達される)
資料② P301     明治4年7月14日 廃藩置県となり、大泉藩知事を免ぜられる。
                             (大泉藩を廃して大泉県となる) 

資料③ P439     明治2年8月24日 従五位に叙すの沙汰あり。
資料④ P329     明治33年 従三位 との記載があります。 

酒井忠宝(資料④から抜粋)
 酒井忠宝は庄内酒井家14代。安政3年(1856)、庄内藩主11代酒井忠発の五男として生まれる。明治元年(1868)12月、兄忠篤が官軍に抗した罪により隠退、代わって忠宝が14代目を継いで会津若松に転封を命ぜられ、さらに翌2年6月磐城平に転封替えとなる。政治工作が功を奏して、7月、転封中止、大泉藩知事に任ぜられ、明治4年(1871)の廃藩置県まで在任した。
  明治6年(1873)、兄忠篤に続いてドイツに渡り法律学を修める。同12年(1879)帰国、鶴岡に帰り家督を忠篤に譲って大宝寺松原に隠居した。明治33年(1900)従三位。大正10年(1921)、66歳で逝去。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
参考資料
(Reference materials)
資料①鶴岡市史 中巻/鶴岡市/1975(Yk232.1/ツル/2)
資料②酒田市史年表 改訂版/酒田市史編纂委員会編/1988(k220.1/サカ)
資料③庄内藩酒井家/佐藤三郎/1975(Yk288.3/サト)
資料④新編庄内人名辞典/庄内人名辞典刊行会編/1986(k281.03/ショ)
※( )は当館の請求記号です。
キーワード
(Keywords)
酒井忠宝
庄内藩
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000097741解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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