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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000094547
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2011-0695
事例作成日
(Creation date)
2012/07/31登録日時
(Registration date)
2011年10月28日 02時06分更新日時
(Last update)
2013年02月18日 00時30分
質問
(Question)
大津市の本福寺(ほんぷくじ)の概要を知りたい。
回答
(Answer)
『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「大津市本堅田1丁目。浄土真宗本願寺派。夕陽山と号する。開基の善道はもと三上神社の神職で、のち堅田に定住。本願寺覚如の門弟浄信に接し真宗に帰依した。その子覚念は禅宗に帰依するが、次代の法住にいたり再度真宗となる。1460年(長禄4)には蓮如から帰命尽十万無碍光如来の金泥の十字名号を、のち宗祖親鸞と蓮如の連座像を下付され、蓮如門下としての地位を確立。当時は、はじめ堅田馬場の道場と称したが、法住の代のころに現在の本福寺に改称。蓮如の近江での布教の拠点となるとともに、地元にあっては全人(まろうど)衆の精神的つながりの中枢として信仰を得た。1468年(応仁2)山門衆徒による焼打ちをうけるが、ほどなく復興。のち蓮如の6男蓮淳は教団の組織化をはかり、それに抵抗する本福寺を圧迫したりもした。近世初期、本願寺の東西分派にさいしては西本願寺派に帰依。江戸時代に特筆すべきこととしては、のちに11世を継ぐ明式が1685年(貞享2)俳聖松尾芭蕉の門下となり千那と号し活躍したことで、そのため芭蕉もたびたび当寺に足をとどめている。(後略)(樋爪 修)」とあります。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
寺院.僧職  (185 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.682

2 図説近江古寺紀行 木村至宏∥著 河出書房新社 1995年 5-1800- 95

3 近江・若狭・越前寺院神社大事典 平凡社∥編集 平凡社 1997年 S-1600- 97 p.468-472

4 日本社寺大観 寺院篇 藤本 弘三郎∥編 名著刊行会 1970年 R-1859-フ

5 日本名刹大事典 圭室文雄∥編 雄山閣出版 1992年 R-1859-タ

6 全国寺院大鑑 下巻 全国寺院大鑑編纂委員会∥編集 法蔵館 1991年 R-1850-セ
キーワード
(Keywords)
本福寺
三上千那
真宗
善道
法住
蓮如
全人衆
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000094547解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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