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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000094381
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2011-0604
事例作成日
(Creation date)
2012/07/31登録日時
(Registration date)
2011年10月28日 02時05分更新日時
(Last update)
2013年02月18日 00時30分
質問
(Question)
野洲市の御上(みかみ)神社の概要を知りたい。
回答
(Answer)
『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「野洲郡野洲町大字三上に所在。祭神は天御影(あめのみかげの)命。延喜式明神大社。「御上」の名称は、御神(みかみ)および神体山である三上(みかみ)山からきたと考えられている。創建は、国土開発の祖といわれる天御影命が三上山に降臨したのを御上祝(みかみのはふり)がまつったのにはじまり、のち718年(養老2)に藤原不比等(ふひと)が勅命をうけて現在の地に社殿を造営、日本第二忌火(いみび)、二火一水(にかいっすい)の神として、国内の鍛治の祖神に崇められたとつたわる。その後、806年(大同元)には近江の地二戸が封じられ、878年(元慶2)には正一位の神階が授与、974年(天延2)には朝延の勅願所にさだめられ、このころより、三上山はもとより三上庄、野洲川の簗(やな)漁業権は社人の管理支配するところであった。中世には源頼朝が3000貫の地を、足利尊氏が100町の社領をそれぞれ安堵(あんど)したが、1576年(天正4)にいたってわずか4町、さらに江戸時代には1町余と減少の一途をたどった。1913年(大正2)県社、1924年(大正13)官幣中社に昇格、1928年(昭和3)には大嘗会(だいじょうえ)の悠紀田(ゆきでん)に決定。本殿(国宝)をはじめ拝殿・楼門・若宮神社(重要文化財)は、鎌倉時代の作。(後略)(大谷安彦)」とあります。なお、野洲郡野洲町大字三上は現在野洲市三上になっています。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
神社.神職  (175 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.694

2 滋賀県神社誌 滋賀県神社庁∥編 滋賀県神社誌編纂委員会 1987年 S-1700- 87 p.241-242

3 式内社の研究 第7巻 志賀剛∥著 雄山閣 1984年 S-1700- 84

4 近江・若狭・越前寺院神社大事典 平凡社∥編集 平凡社 1997年 S-1600- 97 p.477-480

5 神社由緒記 三宅辨造∥編 滋賀縣内務部教育課 1921年 5-1700- 21

6 社寺要覧 三宅辨造∥編 滋賀県 1923年 S-1600- 23

7 式内社調査報告 12 式内社研究会∥編 皇学館大学出版部 1981年 S-1700- 81

8 神社辞典 白井 永二∥編 東京堂出版 1979年 R-1759-シ

9 神社名鑑 神社本庁調査部 神社本庁 1963年 R-1759-シ

10 日本社寺大観 神社篇 藤本 弘三郎∥編 名著刊行会 1970年 R-1759-フ

11 全国神社名鑑 下 三浦譲∥編 全国神社名鑑刊行会史学センタ- 1977年 RB-1703-ミ
キーワード
(Keywords)
御上神社
三上山
藤原不比等
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000094381解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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