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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000094348
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2011-0630
事例作成日
(Creation date)
2012/07/31登録日時
(Registration date)
2011年10月28日 02時04分更新日時
(Last update)
2013年02月18日 00時30分
質問
(Question)
草津市の観音寺(かんのんじ)の概要を知りたい。
回答
(Answer)
『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「草津市芦浦町。山号は大慈山。元三論宗(さんろんしゅう)、のち天台宗。創始は、聖徳太子が開基、秦(はた)河勝の建立にはじまる。651年(白雉2)に奈良法隆寺覚盛法師が再興、731年(天平3)に再建、当時三論宗に属し、僧房は28宇をかぞえたという。のち、いつの時代にか天台宗にかわり、1408年(応永15)、荒廃していた当寺を京都普勧寺(ふかんじ)の僧勧雅(かんが)が再興、1453年(享徳2)には室町幕府に働きかけて、寺領の確保と将軍家の祈願所として位置づけに成功し、興隆の地歩をかためた。1580年(天正8)織田信長より300石の寺領と志那(現、草津市志那町)渡船の管理をみとめられ、1583年(天正11)には豊臣秀吉より418石の寺領加増にくわえ、高島郡1万3000石の蔵入地代官に抜擢、さらには湖水船奉行もゆだねられ、近江の国政上重要な役割をになうようになった。徳川政権下でも、寺領556石、近江・大和両国において4万石の代官を任せられ、豊臣時代にひきつづき湖水船奉行の役目をはたし、その役務は1685年(貞享2)までつづいた。(後略)(大谷安彦)」とあります。なお、この寺は通称芦浦観音寺と呼ばれています。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
寺院.僧職  (185 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.184

2 近江・若狭・越前寺院神社大事典 平凡社∥編集 平凡社 1997年 S-1600- 97 p.48-49

3 近江・若狭 小学館 1991年 S-1800- 91

4 近江路の古寺を歩く 大石真人∥著 山と渓谷社 1997年 S-1800- 97

5 近江西国三十三所観音巡礼 近江西国観音霊場会∥編 冨永航平∥著 朱鷺書房 2001年 5-1800- 01

6 社寺要覧 三宅辨造∥編 滋賀県 1923年 S-1600- 23

7 図説近江古寺紀行 木村至宏∥著 河出書房新社 1995年 5-1800- 95

8 日本名刹大事典 圭室文雄∥編 雄山閣出版 1992年 R-1859-タ

9 全国寺院大鑑 下巻 全国寺院大鑑編纂委員会∥編集 法蔵館 1991年 R-1850-セ
キーワード
(Keywords)
芦浦観音寺
天台宗
湖水船奉行
聖徳太子
秦河勝
覚盛
勧雅
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000094348解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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