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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000093778
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2011-0029
事例作成日
(Creation date)
2011/04/07登録日時
(Registration date)
2011年10月28日 02時00分更新日時
(Last update)
2011年10月28日 02時00分
質問
(Question)
岩波文庫の『おくの細道』(杉村正一郎校注)201ページに「家中椿原 鳥居金衛門」と記載されています。同著の注には「家中は膳所の城主本多氏の家臣」と説明があります。この「鳥居金衛門」の経歴を教えてください。また、「椿原」とは何なのかも知りたいです。「膳所の椿原」でネットで検索しましたが、椿原は出てきませんでした。なお、平成20年11月3日付の朝日新聞朝刊に、山形県で鳥金右衛門宛の芭蕉書簡が見つかった記事が載っています。これは路通が奥の細道出発時に江戸から去ったことを記した書簡です。私はこの鳥金右衛門が、正しくは鳥居金右衛門で、膳所藩の家臣で江戸勤番中だったと推測しています。
回答
(Answer)
ご質問のありましたことにつきまして、2つに分けてお答えいたします。

1 「椿原」について
膳所の町名と思われます。『角川日本地名大辞典』25<滋賀県>(角川書店 1979年)に「椿原町(大津市)」が掲載されています。それによると「江戸期~昭和39年の町名・小字名。滋賀郡のうち、昭和26年からは膳所を冠称。江戸期は膳所城下町中ノ庄村のうち。地名はツバキの大樹が多数あったことによる。幕末の家数は23軒。(中略)元禄期には赤穂浪士の赤埴源蔵の伯父で、膳所藩士赤埴所左衛門の屋敷が椿原町にあった」ということが記載されています。

2 「鳥居金衛門」の経歴について
下記の資料などを調査いたしましたが、記載はありませんでした。

      記
『膳所藩の俳人・歌人』 竹内将人編 立葵会 1977年
『膳所藩名士列伝』 竹内将人編 立葵会 1979年
『近江俳人列伝』 西村燕々編 滋賀県地方史研究家連絡会 1978年
『芭蕉と近江の人びと』 梅原與惣次著 サンブライト出版 1983年
『京・近江の蕉門たち』 山本唯一著 和泉書院 1990年
 
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
詩歌  (911 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 角川日本地名大辞典 25 「角川日本地名大辞典」編纂委員会∥編 角川書店 1979年 L-2900- 79

2 膳所藩の俳人・歌人 竹内将人∥編 立葵会 1977年 5-9211- 77

3 膳所藩名士列伝 竹内将人∥編 立葵会 1979年 S-2811- 79

4 近江俳人列伝 西村燕々∥著 滋賀県地方史研究家連絡会∥編集 滋賀県地方史研究家連絡会 1978年 5-9200- 78

5 芭蕉と近江の人びと 梅原與惣次∥著 サンブライト出版 1988年 S-9200- 88

6 京近江の蕉門たち 山本唯一∥著 和泉書院 1990年 S-9200- 90
キーワード
(Keywords)
椿原
鳥居金衛門
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000093778解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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