レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2011/10/14
- 登録日時
- 2011/10/27 02:00
- 更新日時
- 2011/10/27 02:00
- 提供館
- 宮城県図書館 (2110032)
- 管理番号
- MYG-REF-110063
- 質問
-
解決
南三陸町のワカメ養殖業は,東日本大震災(平成23(2011)年3月11日発生)で壊滅的被害を受けたと聞きました。南三陸町のワカメ養殖業を支援したいと考えています。養殖に必要な設備に関する資料を紹介してほしい。
- 回答
-
1 南三陸町(旧志津川町,旧歌津町)のワカメ養殖業で用いている設備について
震災時の養殖設備に関する資料は見つけられませんでした。
ただし,下記資料に記述がありました。
資料1 『志津川町誌2 生活の歓』志津川町誌編さん室 編(志津川町 1989)
pp.95-96 「3 養殖漁業 (3)ワカメの養殖」の項
「昭和七年頃,中国・大連の関東水産試験場で大槻洋四郎氏(鹿島台出身)によって室内実験が始められた。昭和二十八年には,中国から帰国した大槻氏が女川町小乗浜で海中採苗によるワカメとコンブの養殖を開始して付近の漁業者に種苗を販売し,この地域に普及するようになった。(中略)志津川湾内のワカメの養殖が本格的に導入されたのは,昭和三十五年五月二十四日のチリ津波による甚大な被害を受けた後であった。(中略)荻の浜からの種苗の購入は,湾内の大森漁場で,地元採苗が可能になるまで継続された。また,この養殖が一応の軌道に乗った時の経営者は一二四名で三四一台の筏を建て込んだ。筏の大きさは三十間に三間,使用した竹の長さ九尺である。なお,昭和三十八年ころからは,大槻氏の勧めで,外洋での養殖が始まり,八〇名の人が四〇〇台程の筏を浮かべたという。後に,この外洋での養殖法は隣の歌津町や北上町にも導入された。」
資料2 『石巻圏20世紀の群像 下巻』三陸河北新報社 編(三陸河北新報社 2002)
pp.125-128 「ワカメ養殖法を開発 日本初,女川湾で成功し普及。大槻洋四郎 1901-1981 鹿島台町生まれ」の項
「(前略)昭和40年代に普及した水平筏式養殖法が,それである。(後略)」
pp.127に「大槻洋四郎氏が考案した水平式ワカメ筏」の図解が掲載されています。
資料3 『宮城県の伝統的漁具漁法 8』宮城県水産研究開発センター 編(宮城県水産研究開発センター1995)
pp.14-24 「3 ワカメの養殖技術」の項
1 採苗技術,2 養殖技術に記載があります。
p.22には,「図5 ワカメ養殖施設図及び種糸取付け方法」が
記載されています。
ただし,南三陸町のわかめ養殖施設だけを取り上げた記述は見つけられませんでした。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 漁労.漁業各論 (664 9版)
- 参考資料
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- 水族育成論. 隆島/史夫∥著. 成山堂書店, 2008.6【666/2008.6】
- 海藻の科学. 大石 圭一/編. 朝倉書店, 1993.3【664.8/1993.3】
- 水産増養殖叢書 9. . 日本水産資源保護協会, 1965【663/ス1/9】
- 水産百科事典. 水産百科事典編集委員会/編. 海文堂, 1980【660.3/1972.2/R】
- 海藻食品の品質保持と加工・流通. 小川/広男∥編 能登谷/正浩∥編. 恒星社厚生閣, 2002.11【667.7/2002.Y】
- 三陸沿岸の漁撈用具. 石巻文化センター/[編]. 石巻文化センター, 1992.7【K665/1992.7】
- 宮城県の伝統的漁具漁法 8. 宮城県水産研究開発センター/編. 宮城県水産研究開発センタ-, 1995.3【K664/ミ1/8】
- 水産業施策ガイドブック. 宮城県/[編]. 宮城県, 2001.1【K661/2001.1】
- キーワード
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- 水産養殖
- 漁業
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000093692