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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000090297
提供館
(Library)
京都市図書館 (2210023)管理番号
(Control number)
右中-郷土-42
事例作成日
(Creation date)
2011/08/22登録日時
(Registration date)
2011年08月23日 02時00分更新日時
(Last update)
2011年09月05日 13時04分
質問
(Question)
京都の三長者について知りたい。
回答
(Answer)
江戸時代初期,角倉・茶屋・後藤を合わせて京の三長者といいました。
三家とも,織豊~徳川の時代にかけて,政権との結びつきが強く,政商としての性格を強く持っていました。朱印船貿易では,角倉・茶屋両氏は船を出し,後藤庄三郎は朱印船の帰国後,家康に土産を献上する際に指図したといわれています。また,三家ともに法華宗との関わりを持っており,茶屋・後藤両家は大檀那で,天文法華の乱の際は,町衆方の大将分として活躍しました。角倉家は浄土宗ですが,法華宗の僧である日禛(にっしん)に私有地の小倉山を提供しています。

〈角倉家〉
医家。土倉。代官職を世襲。
本姓は吉田。
朱印船貿易では「角倉船」を出しました。通算航海数17回は,朱印船貿易家の中では最多です。
了以・与一(素庵)親子は大堰川や高瀬川の開削など,河川土木事業で業績をあげました。

〈茶屋家〉
呉服商。将軍家呉服御用達。糸割符商人。京都町人頭。
本姓は中島。代々「四郎次郎」を名乗る。
朱印船貿易では「茶屋船」を出しました。
初代四郎次郎清延は本能寺の変の際,家康の伊賀越えを先導し,命の恩人となりました。武人でもあり,家康に付き添って戦に出ること52回という猛者でした。

〈後藤家〉
金工。御金改役。分銅の製作,分銅改め。金座。小判の検定極印。
代々四郎兵衛を通称とした「彫金(または大判座)後藤」と代々庄三郎を名乗る「金座(または小判座)後藤」とがあります。四郎兵衛家は庄三郎家の師家筋に当たります。
彫金後藤は祐乗を祖とする,室町時代から続く彫金師の家系です。五代徳乗のとき,秀吉から関東下向の命が下った際,弟子の橋本(一説には山崎とも)庄三郎に後藤姓と光の一字を与えて名代として遣わせました。その後,庄三郎は家康に可愛がられ,外国人から「家康の財務長官」と呼ばれるほどになりました。
回答プロセス
(Answering process)
●京都のことなので,まずは【資料1】を見る。

●当館所蔵の名数関係の資料を当たる。【資料2】

●【資料1】【資料2】より,近世に活躍した人物であることが分かったので【資料3】を見る。

●“角倉了以”,“後藤庄三郎”,“茶屋四郎次郎”,“豪商”,“町衆”をキーワードに調査する。【資料4】~【資料15】

●【資料10】より,“法華宗”に関係があることが分かったので,これをキーワードに調査する。【資料16】

●【資料16】の参考文献より【資料17】

●京都の歴史から調査する。【資料18】
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 8版)
近畿地方  (216 8版)
日本  (291 8版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『京都大事典』 (佐和隆研編 淡交社 1984) p445 “三長者”,p391~392 “後藤家”“後藤庄三郎”“後藤徳乗”,p537~538 “角倉家”“角倉素庵”“角倉了以”,p618~619 “茶屋家”“茶屋四郎次郎”
【資料2】『都の数えうた』 (京都新聞社編集・発行 1992) p66~67 “三長者”
【資料3】『日本近世人名辞典』(竹内誠編 吉川弘文館 2005) p373~375 “後藤庄三郎”“後藤四郎兵衛”“後藤徳乗”,p512~513 “角倉素庵”“角倉了以”,p614~615 “茶屋四郎次郎”
【資料4】『四条 vol.5』 (コーディネイトルーム・ノウハウ編 四条繁栄会商店街振興組合 1992) p21~24 “京都商人列伝―後藤庄三郎”
【資料5】『四条 vol.6』 (コーディネイトルーム・ノウハウ編 四条繁栄会商店街振興組合 1993) p21~24 “京都商人列伝―茶屋四郎次郎”
【資料6】『四条 vol.7』 (コーディネイトルーム・ノウハウ編 四条繁栄会商店街振興組合 1993) p21~24 “京都商人列伝―角倉了以”
【資料7】『持丸長者 幕末・維新篇』 (広瀬隆著 ダイヤモンド社 2007) p43~48 “金座の後藤四郎兵衛と後藤庄三郎”,p56~57 “系図1 本阿弥家を中心とする金座銀座・芸術家の閨閥”,p58~60 “京の三長者・角倉了以”,p60~62 “京の三長者・茶屋四郎次郎”
【資料8】『京都高瀬川 角倉了以・素庵の遺産』 (石田孝喜著 思文閣出版 2005)
【資料9】『刀装金工後藤家十七代』 (島田貞良著 雄山閣出版 1973)
【資料10】『町衆』 (林屋辰三郎著 中央公論社 1964) p172~177 “旦那の群像”
【資料11】『京都新聞 2002年5月 6日朝刊』 17面 “京近江の豪商列伝1 角倉了以・素庵 上”
【資料12】『京都新聞 2002年5月13日朝刊』 13面 “京近江の豪商列伝2 角倉了以・素庵 中”
【資料13】『京都新聞 2002年5月20日朝刊』 13面 “京近江の豪商列伝3 角倉了以・素庵 下”
【資料14】『京都新聞 2002年5月27日朝刊』 11面 “京近江の豪商列伝4 後藤徳乗・庄三郎”
【資料15】『京都新聞 2002年6月 3日朝刊』 13面 “京近江の豪商列伝5 茶屋四郎次郎”
【資料16】『法華文化の展開』 (藤井学著 法臧館 2002) p193~223 “日奥”,p335~366 “近世初頭における京都町衆の法華信仰”
【資料17】『中世文化の基調』 (林屋辰三郎著 東京大学出版会 1958) p258~285 “上層町衆の系譜―京都に於ける三長者を中心に―”
【資料18】『京都の歴史 第4巻 桃山の開花』 (京都市 京都市史編さん所 1979) p5,p152~156,p396~456,p532~561
キーワード
(Keywords)
長者
角倉家
茶屋家
後藤家
角倉了以
角倉素庵
茶屋四郎次郎
後藤庄三郎
後藤徳乗
特権商人
御用商人
政商
法華宗
町衆
豪商
朱印船貿易
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000090297解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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