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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000089470
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2011-041
事例作成日
(Creation date)
2011/05/04登録日時
(Registration date)
2011年08月03日 02時00分更新日時
(Last update)
2011年09月27日 19時19分
質問
(Question)
次の人物がエスペラントを学んだきっかけを知りたい。
1 宮沢賢治
2 魯迅
回答
(Answer)
1 宮沢賢治がエスペラントを学んだきっかけについて記述のあった、以下の資料を紹介した。

『世界の作家宮沢賢治:エスペラントとイーハトーブ』(佐藤竜一著 彩流社 2004)
p39-72「田鎖綱紀と宮沢賢治」の章の中に、1916(大正5)5月2日~13日に『岩手日報』に6回にわたり、エスペラントを紹介する記事が掲載されたことなど、宮沢賢治とエスペラントの関わりについて記述あり。

『宮沢賢治研究資料集成 20』(続橋達雄編 日本図書センター 1992)
p350-356「エスペランチスト宮沢賢治」(宮本正男)の中で、賢治がエスペラントを知った契機について考察されている。

『国文学年次別論文集 近代 5 平成8(1996)年』(学術文献刊行会編 朋文出版 1998)
p727-737 佐藤勝一「宮澤賢治『エスペラント詩稿』の成立(1)」
p735-「宮澤賢治と国際語エスペラントの接点」として、教師、交友関係、東北地方のエスペラント運動、フィンランド初代公使ラムステッド、旭光社、羅須地人協会の影響があげられている。

『宮沢賢治研究annual 2007年17号』(宮沢賢治学会イーハトーブセンター 2007)
事項索引〈エスペラント〉より、下記資料の情報あり。
佐藤竜一「イーハトーブ〈エスペラント〉学 宮沢賢治と魯迅、そして黄瀛」(『宮沢賢治イーハトーブセンター会報 第32号』p26 2006.3)
下記のウェブサイトで、デジタル化公開されており、全文をみることができる。
《宮沢賢治学会イーハトーブセンター》( http://www.kenji.gr.jp/kaiho/kaiho32/index.html  2011/05/26最終確認)

峰芳隆「宮沢賢治におけるエスペラント」(『国文学 解釈と鑑賞 65(2)』 至文堂 2000.2)
「賢治におけるエスペラントについては、謎が多い」として〈学習時期の謎〉〈学習目的の謎〉等の項を立てて考察している。

2 魯迅がエスペラントを学ぶきっかけについて書かれた資料は見つからなかったが、賛成するきっかけについて記述のあった以下の資料を紹介する。

『危険な言語 迫害のなかのエスペラント(岩波新書)』(ウイリッヒ・リンス著 栗栖継訳 岩波書店 1975)
p88に魯迅についての囲み記事あり。
戦前、中国エスペラント運動の中心だった上海世界語者協会の月刊機関誌『ラ・モンド』(世界)に掲載された1936年8月15日付けの手紙が紹介されており、その中で、エスペラントに賛成するようになった理由を3つ述べている。
回答プロセス
(Answering process)
《自館目録》や《Google Books》を〈宮沢賢治 & エスペラント〉〈魯迅 & エスペラント〉をキーワードに検索しヒットしたものの中から内容を確認する。また、児童書研究資料や評伝を調査する。

『日本エスペラント運動人名小事典』(田中貞美ほか共編 日本エスペラント図書刊行会 1984)
p103 エスペラントに関する参考文献として、宮本正男「エスペラント詩人宮沢賢治」(草野心平編『宮沢賢治研究 2』に所収)あり。
『宮沢賢治研究 2 昭和32年-昭和44年』(草野心平編 筑摩書房 1981)
p221-226「エスペラント詩人宮澤賢治」(宮本正男)収録あり。エスペラントを学んだきっかけについて、関連記述なし。

『魯迅と伝統』(今村与志雄著 勁草書房 1967)
p394-404「補論1 エロシェンコと魯迅」にエスペラントに関する記述が見られるが、魯迅が学んだきっかけとは結びつかない。
『魯迅と中日文化交流』(李連慶著 丁東訳 文化出版局 1981)
p147「魯迅略年譜」1923年の記述に「北京女子師範大学、世界語(エスペラント)専門学校講師」とあり。
『人類の知的遺産 69 魯迅』(飯倉照平著 講談社 1980)
p128 「1918年に、『新青年』に発表した銭玄同あての手紙で、すでにエスペラントへの関心を語っていた」とあり。

その他、調査済資料は以下のとおり。
『〈新〉校本宮澤賢治全集 6〔1〕 詩』(宮澤賢治著 筑摩書房 1996)
エスペラントで書いた詩が8篇掲載されているのみ
『宮沢賢治 2 日本文学研究資料叢書』(日本文学研究資料刊行会編 有精堂出版 1983)
賢治のエスペラント作品について書かれているのみ。
『宮澤賢治論 1-3』(恩田逸夫著 東京書籍 1981)
『宮沢賢治覚書』(草野心平著 講談社 1991)
『兄のトランク』(宮澤清六著 筑摩書房 1987)
『宮澤賢治研究 Ⅰ』(草野心平編 筑摩書房 1981)
『宮澤賢治』(吉本隆明著 筑摩書房 1989)
『佐高信の日々に読書あり』(佐高信著 出版ニュース社 1987)
「エスペラント運動とも少なからぬ関わりをもつ魯迅」(p298)という一文以外に、エスペラントに関する記述は見あたらなかった。
『竹内好全集 1・2・3』(「魯迅」「魯迅雑記Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」「魯迅入門」)(竹内好著 筑摩書房 1980-1981)
『日本エスペラント運動人名小事典』(日本エスペラント図書刊行会 1984)
p103にわずかにに宮沢賢治の紹介があるのみ。
『北京よさらばー魯迅の孫が綴る中国の30年』(周令飛著 サンケイ出版 1983)
『松本亀次郎の生涯ー周恩来・魯迅の師』(武田勝彦 早稲田大学出版部 1995)
『魯迅』(竹内好著 日本評論社 1944)
『魯迅雑記』(竹内好著 世界評論社 1949)
『魯迅評論集』(竹内好著 岩波新書 1953)
『魯迅の生涯』(小田嶽夫著 鎌倉文庫 1949)
『魯迅傳』(小田嶽夫著 乾元社 1953)
上記『魯迅の生涯』とほぼ同内容
『魯迅の故家』(周遐寿著 筑摩書房 1955)
『魯迅的故家』(周遐寿著 上海出版公司 1953)
上記『魯迅の故家』の原書
『魯迅研究』(坂本徳松等著 八雲書店 1948)
『魯迅の印象』(増田渉著 講談社 1948)
『魯迅小説裏的人物』(周遐寿著 上海出版公司 1954)
本文中国語のため詳細な調査は出来ず。目次には「世界語(中国語でエスペラント語の意)」の語はなし。
『言語・国家、そして権力』(田中克彦〔ほか〕編集 新世社 1997)
p336-354浜田ゆみ著「1930年代における中国エスペラント運動の成功」
中国のエスペラント運動について。魯迅については、魯迅が学んでいたという記述以外なし。
『エロシェンコの都市物語』(藤井省三著 みすず書房 1989)
魯迅とエロシェンコのエスペラントに関する記述はあるが動機についての記述なし。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
国際語[人工語]  (899 9版)
参考資料
(Reference materials)
『世界の作家宮沢賢治:エスペラントとイーハトーブ』(佐藤竜一著 彩流社 2004)
『宮沢賢治研究資料集成 20』(続橋達雄編 日本図書センター 1992)
『国文学年次別論文集 近代 5 平成8(1996)年』(学術文献刊行会編 朋文出版 1998)
『宮沢賢治研究annual 2007年第17号』(宮沢賢治学会イーハトーブセンター 2007)
『国文学 解釈と鑑賞 65(2)』(至文堂 2000.2)
キーワード
(Keywords)
エスペラント
宮沢 賢治(ミヤザワ ケンジ)
魯迅 (ロジン)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000089470解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決