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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000088651
提供館
(Library)
市川市中央図書館 (2310001)管理番号
(Control number)
市川20101001-06
事例作成日
(Creation date)
2010年10月01日登録日時
(Registration date)
2011年07月18日 17時44分更新日時
(Last update)
2011年12月04日 17時54分
質問
(Question)
学校給食にパンを導入するようアメリカが圧力をかけたときの写真が見たい。
回答
(Answer)
アメリカからの小麦の提供について調べてみると、「日本侵攻 アメリカ小麦戦略」(家の光協会・1979)に、第2次世界大戦後、アメリカの余剰農産物の販売促進のために、日本においてもさまざまなキャンペーンを行ったこと、食糧難の日本がアメリカからの小麦の提供を必要としたこと、アメリカは無償贈与する小麦を学校給食に限定することを条件としたことなどが書かれている。アメリカの圧力とは、このことかと思われる。利用者が探していた『アメリカが圧力をかけたときの写真』というのは、この本に掲載されている、アメリカの小麦キャンペーンの写真、とのこと。この本には、学校給食にコッペパンが出ている写真なども掲載されている。
回答プロセス
(Answering process)
給食についての本を調べてみたが、該当する資料は見当たらない。
アメリカが圧力をかけた時期を知るため、パンについて調べてみると、「パン」(法政大学出版局・1996)p239~の『第17章 米ばなれからパンばなれへ』に、アメリカが放出する小麦によって日本人は戦後の食糧難を逃れたが、それによって日本人のパン食の比重が戦後いちじるしく増大し、アメリカは日本人の粉食を増やすことによって日本をアメリカの余剰農産物の巨大市場として開発するという戦略を打ち立てたように書いてある。また、「パンの日本史」(ジャパンタイムズ・1989)p150~によると、戦後、連合国が東西陣営に分裂し、日本を西側陣営にひきこむためにアメリカが小麦粉を食糧難の日本に与え、日本人は大量餓死をまぬがれた、とある。小麦の提供の理由は異なるが、第2次世界大戦後の食糧難の頃のことと分かった。
事前調査事項
(Preliminary research)
当時の新聞にパン給食についての記事や写真が掲載されていないかと、新聞記事データベースから検索してみました。『聞蔵Ⅱビジュアル』や『よみうり報知写真館』、『毎日フォトバンク』などで「パン」「アメリカ」「給食」などのキーワードから記事や写真が検索できました。ひと目で『アメリカが圧力をかけたときの写真』と分かるようなものは見つかりませんでしたが、アメリカからの小麦入荷が遅れて、といった記事や、1940~1950年代の、給食のパンを食べる児童の写真などが見つかりました。
『聞蔵Ⅱビジュアル』は、朝日新聞の新聞記事オンラインデータベースです。『よみうり報知写真館』 https://database.yomiuri.co.jp/shashinkan/ と『毎日フォトバンク』 https://photobank.mainichi.co.jp/php/KK_search.php は、新聞社のカメラマンなどが撮影した写真のデータベースで、検索・閲覧についてはインターネットで無料で検索できます。
NDC
農業経済・行政・経営  (611 8版)
参考資料
(Reference materials)
「日本侵攻 アメリカ小麦戦略」(家の光協会・1979)
キーワード
(Keywords)
パン
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000088651解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

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