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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000088382
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼久-2011-009
事例作成日
(Creation date)
2011/01/19登録日時
(Registration date)
2011年07月12日 02時01分更新日時
(Last update)
2011年07月26日 13時52分
質問
(Question)
現在の河沼郡湯川村にあたる区域の明治3年ごろの村方3役(肝煎、年寄、百姓代)の名前についてわかる資料が見たい。


回答
(Answer)
湯川村の明治3年頃の村名について
「湯川村」は昭和32年、合併後の名称で、旧村名について確認する。

『日本歴史地名大系 7 福島県の地名』(平凡社 1993)
p892「湯川村」の項によると村の変遷は次のとおり。
江戸期は「笈川組には二四ヵ村が属し、現在の湯川村と区域がまったく同一である」
明治期は「明治二二年の町村制実施により、湯川以東が笈川村となり、湯川以西は勝常村となった。」
昭和になり「〔昭和〕三二年笈川村と勝常村は合併して湯川村が成立。」

『角川日本地名大辞典 7 福島県』(「角川日本地名大辞典」編纂委員会編 角川書店 1981)
p1090「湯川村」の項、「〔近現代〕行政区画の変遷」に区域の村名が列記されている。

福島県立図書館へ問い合わせた結果、「新鶴村史「ふるさと新鶴村」」掲載の表と同時期の資料を探しているのか、「明治3年」時点での資料なのかで村役人が異なる。

「新鶴村史「ふるさと新鶴村」」掲載の表と同時期と思われる資料
「若松県管轄人員録」(歴史春秋社 1978)福島県立所蔵 
笈川組の諸村の村方3役が表の形でまとめられている。
「新鶴村史「ふるさと新鶴村」」p9-10の内容(第16区第17区の部分)と名前が同じであるか福島県立図書館で確認していただいたところ、一致することから「新鶴村史」の内容は、本資料を引用したものと考えられる。ただし、「新鶴村史」には出典が明記されていないので、あくまでも推測である。
 また、本資料は明治4年12月に改訂されたもので、「明治3年」のものではない。

【参考資料】
「湯川村史 4 通史」(湯川村教育委員会編 湯川村 1999)(福島県立図書館所蔵)
戊辰戦争後の会津では村方3役が激しく入れ代った様子が伺え、戊辰戦争後、ヤーヤー一揆(世直し一揆)によって、打ち壊されたあと、村方3役が変わったものの、実務能力に欠けていたからか、元の役人に戻した等の記載がある。また、明治4年には戸籍法の制定により区画の編成があり、この結果できあがったのが「若松県管轄人員録」とのことである。
以上のことから、「新鶴村史 ふるさと新鶴村」の表の原典は、「若松県管轄人員録」と推測される。

回答プロセス
(Answering process)
『福島県史 10下 近世資料4』(福島県編 臨川書店 1968)
会津藩のなかに笈川の地名を確認することができるが、肝煎等の一覧はない。明治頃の文書を「笈川組」をキーに調査すると以下の文書がある。
p156-160「明治2年2月御用書留記」によると、「及川村肝煎 丈治郎」「笈川組村々肝煎丈治郎 九右衛門 政之助 駒治 伊惣八 平蔵 孝之助」などの名があり。

『民衆運動史 近世から近代へ 4 近代移行期の民衆像』(青木書店 2000)
p7「第1章 明治初年の民衆運動」に笈川組の一揆が取り上げられており、p19「表2 笈川組の村役人の変遷」に、明治期の村役人の名があり。
安永2・寛政4・明治元・明治4の村役人の変遷の表で、郷頭1名(『新鶴村史「ふるさと新鶴村」』で記載のある大肝煎か)と、笈川・舞台田分など31村の役人(同、肝煎か)の名前が列記されている(名主以下の名はない)。
出典は、明治のものに限ってみると『扇田記』、『若松県管轄 人員録』(明治4年12月28日改訂。のち復刻版、歴史春秋社 1978)とあり。
『新編会津風土記』に出てくる村名はカバーしている。
明治元・明治4年の名前は、上記『福島県史 10下 近世資料4』「明治2年2月御用書留記」にある名前とかなり一致する。これが肝煎名と思われる。

『世直し一揆の研究』(庄司吉之助著 校倉書房 1970)
p204-211「水田地帯の「肝煎征伐」に現われた闘争形態」は、旧勝常村の世直しについての記載であり、本文に(打ち壊した側の)百姓代の名前や(打ち壊された側の)旧肝煎の名として、ご質問に関連した名がある。
(明治元年)旧百姓代 勝常村の藤吉、浜崎村検断肝煎 角田平蔵、沼上村(肝煎) 遠藤伊惣次、村名不詳(肝煎)佐藤孝之助、現勝常村(肝煎)兼子駒次・桝取藤三ほか
p206から「【史料】戊辰十月十八日一揆之事件-「扇田記」-鈴木重嗣編稿(明治十八年三月)」が掲載されている。文中に「勝常村兼子駒次」の名があり。
事前調査事項
(Preliminary research)
「新鶴村史「ふるさと新鶴村」」(新鶴村 2005)
p9「若松県五十七区に区分」に掲載されている図「第十六区(旧高田組)戸長 大肝煎佐瀬長平」に、村ごとに肝煎名・年寄名・百姓代名の名が列記されているが、現在の湯川村にあたる区域の旧村については掲載がない。
NDC
中国地方  (217 9版)
参考資料
(Reference materials)
「若松県管轄人員録」(歴史春秋社 1978.9)
「湯川村史 4 通史」(湯川村教育委員会編 湯川村 1999)
「福島県河沼郡湯川村近・現代史資料目録 1」(湯川村史編纂室編 湯川村史編纂委員会 1997)
『福島県史 10下 近世資料4』(福島県編 臨川書店 1968)
  
キーワード
(Keywords)
湯川村-福島県
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
福島県立図書館
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000088382解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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