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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000088358
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2011-025
事例作成日
(Creation date)
2011/02/19登録日時
(Registration date)
2011年07月12日 02時01分更新日時
(Last update)
2011年07月26日 13時56分
質問
(Question)
大岡越前守が元禄16年の大地震のあと仮奉行として復旧工事にあたったそうだが(インターネットで知った)次のことを知りたい。
(1)どこの復旧工事だったのか(具体的な地名)。
(2)仮奉行について書いてあるものがあるか(仕事の内容等)。
(3)大岡越前守は、仮奉行をしていたとき他の職と兼任だったのか。
回答
(Answer)
(1)資料を見る限りでは江戸城廻りの修復補助だったと思われるが、具体的な場所の特定には至らなかった。
(2)「仮奉行」を職名として記載した資料は見つからなかった。しかし、大岡忠相はこの地震の際、普請奉行に臨時に任ぜられている。職務内容は、震災復旧の役にあった諸大名を補佐し、工事を監視する役割であったと思われる。
(3)大岡忠相は大地震の発生した元禄16年11月当時、御書院番に就いており、臨時で任用された「仮奉行」はこの職務との兼任であったと思われる。

次の資料の記述を紹介した。

(1)復旧工事の場所に関して
(3)仮奉行と他の職と兼任であったかという件に関して
『東京市史稿 皇城篇2 復刻版』(東京都編 臨川書店 1973)
p414-418〈震災復旧普請〉の項に、11月28日「諸大名に助役を命ず」として7名を任ずるとともに「而して此等助役大名に二人づつ附し、以て其工事を監視せしむる為め、其翌29日仮に両番の士を普請奉行に任ず」とあり。「御城廻御修復御手伝」として挙げられた中に「御書院酒井壱岐守組 大岡市十郎忠相」の記載あり。つまり、修理を受け持った大名の補佐役として各2名が「仮役御普請奉行」を仰せつかっている。ただし、ここの表記のみからは、大岡忠相が誰の補佐に回ったかは定かでない。

『大岡越前守忠相(岩波新書)』(大石慎三郎著 岩波書店 1974)
p17に「大岡忠相が最初についた役職は御書院番であった。~この役職にあった同(元禄)16年11月22日に江戸の大地震があり、彼の手腕を示す最初のチャンスを与えたようである。」とあり、元禄16年の大地震の時、大岡越前守が御書院番であったとわかる。

『大岡越前守』(沼田頼輔著 明治書院 1929)
p22「越前守が御書院番勤務中、即ち元禄16年11月22日に、関東に大震災が起こって(中略)此の時越前守は震災後の普請を奉行することを命ぜられた。」

『大岡忠相 人物叢書 新装版』(大石学著 吉川弘文館 2006)
p22「元禄16年11月22日、大地震が起こった(元禄大地震)。(中略)勘定奉行荻原重秀のもと、壊れた所々を復旧する普請の仮奉行として小姓組八名、書院番五名が任命されたが、後者の中に大岡市十郎忠相の名が見える(『徳川実紀』)。」
p288「略年譜」より「(元禄15(1702))5月10日、書院番となる」「(元禄16(1703))11月29日、大地震に伴う復旧普請の仮奉行の一人に任命される」とあり。

『国史大系 43 徳川実紀』(黒板勝美編輯 国史大系編修会編輯 吉川弘文館 1991)
p474「大岡求馬忠相。(中略)并に小普請十一人書院番に入番し」(元禄15年5月10日)
p521「勘定奉行荻原近江守重秀(中略)各所御修理の假奉行を(中略)書院番(中略)大岡市十郎忠相(中略)に仰付らる」(元禄16年11月29日)
p550「書院番大岡市十郎忠相徒頭になり」(寛永元年10月9日)

『江戸の名奉行:人物・事績・仕置きのすべて』(丹野顯著 新人物往来社 2008)
p78-97〈大岡越前守忠相〉の項より
p80 略譜に「元禄一五年(26)書院番」「元禄一六年(27)御城廻修復手伝兼務」とあり。
p81-82「元禄一六年十一月に震度七の元禄大地震が起き、江戸から小田原間は壊滅状態におちいった。勘定奉行荻原重秀はこの臨時役を設け、旗本十三人を選んで復旧にあたらせた。」とあるが、具体的な地名はなし。
「忠相は抜群の能力を発揮して、自然と復旧工事全般の中枢を占める立場になり、幕閣・諸大名・旗本の間で瞠目された」ともあるので、あるいは統括的な立場にいた可能性もあり。

『大日本近世史料[7]3 柳営補任3』(東京大学史料編纂所編 東京大学出版会 1983)
p288〈大岡市十郎〉の項あり。
「寛永元申十月九日御書院番大久保豊前守組ヨリ同四亥八月十二日御使番」
寛永元年の時点で、御書院番であった。仮奉行については、記載なし。

『勘定奉行荻原重秀の生涯:新井白石が嫉妬した天才経済官僚(集英社新書)』(村井淳志著 集英社 2007)
p177(元禄大地震について)「各所に亀裂の入った江戸城郭、破損した歴代将軍の霊廟の再建、倒壊した塀や多門(城壁に付属した通路)の修復、大名屋敷の修築、橋梁や堤防の補修などに膨大な出費が予想された。」とあるが、具体的な地名、誰が行ったかなどの記述はなし。

『寛政重修諸家譜 16』(続群書類従完成会 1985)
p307(元禄)「十五年五月十日御書院番となり、十六年十一月二十九日地震の為に破壊せる所々普請のことを奉行す。」とあり。

(2)仮奉行について
歴史の用語事典や江戸時代の役職事典を確認する限りでは、「仮奉行」という名称の役職は記載されていない。「奉行」の項も確認したが、「仮奉行」の定義については発見できなかった。

《東京大学史料編纂所データベース》を〈仮奉行〉で検索すると、4件ヒッする。
そのうち、
『会津藩家世実紀綱文』(家世実紀刊本編纂委員会編 歴史春秋出版 1990)
p348「元禄10年10月26日 三宅孫兵衛・宮本織部、松山改一件に付、思召有り差控え命じられ、西郷源蔵・小松十太夫に仮奉行を命ず、」とあり。仮奉行の具体的な内容についての記載なし。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 9版)
参考資料
(Reference materials)
『東京市史稿 皇城篇2 復刻版』(東京都編 臨川書店 1973)
『大岡越前守忠相(岩波新書)』(大石慎三郎著 岩波書店 1974)
『大岡越前守』(沼田頼輔著 明治書院 1929)
『大岡忠相 人物叢書 新装版』(大石学著 吉川弘文館 2006)
『国史大系 43 徳川実紀』(黒板勝美編輯 国史大系編修会編輯 吉川弘文館 1991)
『江戸の名奉行:人物・事績・仕置きのすべて』(丹野顯著 新人物往来社 2008)
『大日本近世史料[7]3 柳営補任 3』(東京大学史料編纂所編 東京大学出版会 1983)
『勘定奉行荻原重秀の生涯:新井白石が嫉妬した天才経済官僚(集英社新書)』(村井淳志著 集英社 2007)
『寛政重修諸家譜 16』(続群書類従完成会 1985)
『会津藩家世実紀綱文』(家世実紀刊本編纂委員会編 歴史春秋出版 1990)
キーワード
(Keywords)
大岡 忠相(オオオカ タダスケ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000088358解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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