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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000088314
提供館
(Library)
石川県立図書館 (2110016)管理番号
(Control number)
20110622/567
事例作成日
(Creation date)
2011年06月22日登録日時
(Registration date)
2011年07月11日 14時19分更新日時
(Last update)
2011年07月24日 12時58分
質問
(Question)
「六道火事」について知りたい。延享2年(1745)の大火で、加賀藩邸も焼けたが記録がない。
回答
(Answer)
不明。
回答プロセス
(Answering process)
藤口透吾著、東京消防庁監修『江戸火消年代記』創思社 1962(317.7/77)「消防歴史年表」p411に家重のとき「二月二十日増上寺火。三月十二日江戸大火青山より品川まで(世に六道大火という)」とあった。
『加賀藩史料 第7編』清文堂出版 1980(K209.5/29/7)の延享2年に大火の記事なし。
Ciniiで秋田一雄著「六道火事と明石屋火事」(「安全工学」29(5),p369-370,1990-10 安全工学協会)という論文がヒット。当館は所蔵せず、内容を確認できない。

延享2年頃の加賀藩邸は、本郷邸・駒込邸・平尾邸(板橋)の3つがある(西秋良宏編『加賀殿再訪』東京大学総合研究博物館 2000 K209.5/1005 p35)。
六道火事は、「千駄ヶ谷から出火し、北西風により延焼」している(ウィキペディア「江戸の火事」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%81%AE%E7%81%AB%E4%BA%8B (2011/7/11確認))。一番近いのは本郷邸だが、追川吉生著『江戸のミクロコスモス・加賀藩江戸屋敷』新泉社 2004(K209.5/1022)p9「加賀藩本郷邸の略年表」は延享2年の火災に触れていない。
地理的に、火災の区域内に本郷邸が入っている可能性は少ない。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
参考資料
(Reference materials)
藤口透吾著、東京消防庁監修『江戸火消年代記』創思社 1962(317.7/77)
『加賀藩史料 第7編』清文堂出版 1980(K209.5/29/7)
西秋良宏編『加賀殿再訪』東京大学総合研究博物館 2000(K209.5/1005)
追川吉生著『江戸のミクロコスモス・加賀藩江戸屋敷』新泉社 2004(K209.5/1022)
ウィキペディア「江戸の火事」 ( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%81%AE%E7%81%AB%E4%BA%8B (2011/7/11確認))
キーワード
(Keywords)
六道火事
加賀藩邸
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
延享2年の火災の他にも「六道火事」と呼ばれるものがある。
『角川日本地名大辞典 13 東京都』角川書店 1978(291.03/149/13)p565「ねずみあな 鼠穴〈港区〉」の項「〔近世〕江戸期の俗称地名。明治5年青山六軒町となった町内にあった。弘化2年1月、青山権太原(ごんだわら)続き三軒長屋武家地から出た大火を、鼠穴の火事、また六道火事・青山火事という(画報・港区史)。」
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
火災
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000088314解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決