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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000082496
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2010-105
事例作成日
(Creation date)
2010/12/16登録日時
(Registration date)
2011年03月22日 02時14分更新日時
(Last update)
2011年06月06日 11時18分
質問
(Question)
堀上田(ほりあげた)が、埼玉県内のどの地域にあるか、いつ作られたか、どんな目的で作られたか、わかる資料があるか。
回答
(Answer)
堀上田は「堀上田」と表記されたり、「ほり上めん」「ほっつけ」と呼ばれたりするようである。
『埼玉地理 1983年7月号』に調査論文があった。堀上田に関する本格的な研究はほとんどないようだが、一部の市町村史などで見ることができる。
関連する記述のある以下の資料を紹介する。

(定義・目的)
『埼玉県史 通史編2 中世』(埼玉県編 埼玉県 1988)
p858-860とp869-871に掘上田についての記述がある。
掘上田の定義について『鷲宮町史 通史編上』を引用し「後背湿地に残される沼地を水田化するために浅い沼地や低湿地に堀を平衡に掘り並べ、この土壌を堀の両側に盛り上げて水面より高い田とする方法 である。」とある。
ここでは、中世の記録から大窪郷(現浦和市上大久保等)にあった掘上田について記述している。

(地域分布調査)
元木靖「関東平野における堀上田の分布(予報)」(『埼玉地理(7)1983.7』p25-28 埼玉地理学会 1983)
関東1都5県(神奈川を除く)の「低湿地を有し堀上田の存在が予想された市町村」にアンケートを実施し、その結果を地図上に表示したものを掲載。具体的な市町村名は表示されておらず、埼玉県と他県の境界もわからないが、河川の位置を参考に他の地図を参照すれば堀上田の位置をある程度特定できると思われる。
著者の調べによれば、関東地方の堀上田に関する本格的な研究はほとんどないとのこと。

『中世村落の景観と生活』(原田信男著 思文閣出版 1999)
p268-283 (摘田・)掘上田の解説あり。 
p269上記の元木靖氏の論文による分布図あり。
神扇村(現幸手市)の堀上田についての記述あり。近世には掘田(堀田)とも称す。
浦和市(観応元年、1350年高師直宛行状)、下河辺(元享4年、1324年下河辺荘公事注文案)の堀田については中世から存在していた。
鷲宮町(p274)、浦和市上大久保・下大久保・大久保領家・白鍬、下河辺、騎西町、与野市道場にもあったとの記述あり。

(作られた時期など:地域ごと資料)
『鷲宮町史 通史 上 原始古代・中世編』(鷲宮町 1986)
p870-875に掘上田について解説あり。低い窪地や後背湿地に残された沼地を水田化するために作られたものであること、技術的に見ても中世に存在したと考えられることなどが記述されている。
上記「関東平野における堀上田の分布(予報)」元木靖に収載の地図も掲載されている。

元木靖「埼玉平野における堀上田地帯の変貌 (1) 幸手市神扇地区の例」
(『農業と統計 1982.8 No.76』p4-9 埼玉農林統計協会 1982)
開拓は万治元年(1658)に行われたとある。

元木靖「埼玉平野における堀上田地帯の変貌(2)大島新田のクリーク分布の変遷」
(『農業と統計 1982.10 No.77』p4-8 埼玉農林統計協会 1982)
(現幸手市)「大島新田略史年表」あり。
元木靖「埼玉平野における堀上田地帯の変貌(3)羽生市三田ヶ谷地区の例」
(『農業と統計 1983.1 No.78』p8-12 埼玉農林統計協会 1983)
元木靖「埼玉平野における堀上田地帯の変貌(4)加須市水深地区の例」
(『農業と統計 1983.3 No.79』p4-9 埼玉農林統計協会 1983)

『低湿地-その開発と変容-』(籠瀬良明著 古今書院 1973)
p268-278 「14 河原井沼跡堀上田を久喜・菖蒲工業団地に造成」

『幸手市史 民俗編』(生涯学習課市史編さん室編 幸手市教育委員会 1997)
p251-254「堀上げ田」の項あり。神扇と戸島にあった。周辺の杉戸町・宮代町・白岡町・久喜市・加須市にも分布していた。
江戸幕府第四代徳川家綱の時代、万治元年(1658)に沼を掘り上げて行われた。
昭和46年圃場整備工事が完成し、湿田は乾田化された。堀上げ田の特色、手入れ等の記述あり。

『幸手市史 自然環境編 1』(幸手市教育委員会 1994)
p93-99「神扇地区の堀上田」についての項あり。近世初期に開田。
開発の経過、概要、土地改良、図あり。参考文献あり。
『幸手市史 通史編1』(幸手市教育委員会 2002)
p9中川低地で水はけが悪くて堀上げ田になった例として神扇や大島新田をあげている(15行程度)。
幸手市とその周辺の地形分布図あり。
『地方史研究の新方法』(木村礎編 八木書店 2000)
p18-19 関東平野における中世水田のひとつとして堀上げ田の記述あり。
p24幸手市上扇地区に300年にわたって存続してきた堀上げ田の圃場事業について記述あり。
回答プロセス
(Answering process)
『埼玉大百科事典』(埼玉新聞社 1975)には〈ほりあげた〉の項はなし。
《Google》で〈堀上田 & 埼玉〉で検索した結果、〈堀上田〉〈掘上田〉の表記、〈ほっつけ〉の名称があることがわかる。
《埼玉雑索》を〈堀上田〉〈掘上田〉で検索したところ、1件ヒットする。(回答資料の『埼玉地理』の論文)
『新編埼玉県史』を確認し、その引用文献から自治体史を調査する。
その他関連資料の調査する。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
農業工学  (614 9版)
参考資料
(Reference materials)
『埼玉県史 通史編2 中世』(埼玉県編 埼玉県 1988)
『埼玉地理(7)1983.7』(埼玉地理学会)
『中世村落の景観と生活』(原田信男著 思文閣出版 1999)
『鷲宮町史 通史 上 原始古代・中世編』(鷲宮町 1986)
『農業と統計 1982.8 No.76』(埼玉農林統計協会)
『農業と統計 1982.10 No.77』(埼玉農林統計協会)
『農業と統計 1983.1 No.78』(埼玉農林統計協会)
『農業と統計 1983.3 No.79』(埼玉農林統計協会)
『低湿地-その開発と変容-』(籠瀬良明著 古今書院 1973)
『幸手市史 民俗編』(生涯学習課市史編さん室編 幸手市教育委員会 1997)
『幸手市史 自然環境編1』(幸手市教育委員会 1994)
『幸手市史 通史編1』(幸手市教育委員会 2002)
『地方史研究の新方法』(木村礎編 八木書店 2000)
キーワード
(Keywords)
埼玉県-農業-歴史
土地改良-埼玉県
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000082496解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決